安い野菜があるとつい買ってしまい、しかし一人用の小型冷蔵庫なのでスペースがそんなになく、すでにパンパンに野菜が詰まってしまってるが、なるべく沢山詰め込むためにどの野菜もあらかじめ切ってジップロックやタッパーに入れ直して収納、けど野菜ってカットすると更に腐敗のスピードが増して色が悪くなったり、または水分が飛んでカピカピになったり、そもそもこんな萎れた野菜を食って栄養が取れるんだろうかと思いながら味噌汁やインスタントラーメンにぶち込む、やっと冷蔵庫にスペースが出来たなというタイミングでまた安い野菜を出先で見つけて購入し、それを切り刻んでジップロックに入れてぎゅうぎゅうに詰め、なんかもう本当に病気なのかなぁ〜と思うのだけど、パチンコやギャンブルの損失に比べたら野菜を爆買いするくらいええやん、だけどお百姓さんの気持ち考えたら絶対腐らせたらあかんし、みたいなことを考えてたあの頃。
銭湯の番台に座ってると「ああ〜気持ちよかった、あとは帰ってご飯するだけや」と風呂から上がった常連のおばあさん、「今日の晩ごはんは何するんすか?」とわたしが聞くと「こないだこんな大きなな」と言いながら孫悟空の元気玉みたいな手つきをして「100円のキャベツ買うてんけどな、食べられへんから友達に切ってほとんど上げてんけどな、まだ残っとるから今日どないかする」とのこと。世代を超えておばあさんは私と同じ悩みを抱えているのを知り、衝動的に安い野菜に手をつけてしまう人間の心理、捨て猫を連れて帰る系の保護欲なのか、それとも単にケチなだけなのか、そういえば最近野菜のヘタとかを肥料に変えてベランダで野菜育ててみたいなとか、そんなサスティナブルな夢も抱いたり循環型社会のこと考えたり、野菜の買いすぎでどうも調子がおかしい。
いつ嵐で散ってしまうのか分からないので、行けるタイミングで行ける距離の桜を見に行っとったある日。夜の桜を見るとなぜか心臓止まりそうになるので、なるべくは昼のうちに見るよう心がけを守る。
言うことを聞かないローズマリー。ナイロン紐が「そっちじゃないって!」って必死に引っ張っている。
動物の肉は食わない系に映る女性二人組が居た。あと他にもY字の木の枝に太いゴム括り付けて手製のパチンコを手にした女性も別で居られ、会釈すると屈託ない笑顔を返してくれた。
京都の夏の風物詩で川床ゆうのがありますが、神戸の場合は川底。京都みたく川辺に床を張ってそこで涼むとかまどろっこしいことせず、川底に直接椅子を置いて涼むやり方だそう。しかしどうゆう道程であそこまで椅子を運べたのか誰も知らず、ナスカの地上絵やイースター島のモアイ像と並び世界七不思議に称される宇治川の川底である。
若い人は知らないかもしれないがダイエーという名前のスーパーパーケットがかつて日本にありました。私の子供の頃はダイエーが光り輝いていた時代で、ダイエー所属のマラソン選手中山竹通が実家近くにある平荘湖と言う外周5キロの湖の周りをぐるぐる回ってるのを何度が見かけたことがあります。ていうかそういえば湊川にダイエーまだあったような。湊川にはドムドムだってあるし、奈良や京都と同じように湊川も歴史都市と呼ぶに相応しい街ではないだろうか。現存する最古のダイエー湊川店を世界文化遺産に登録し、その側で辻説法するさかたにとしきさんの姿を是非世界の皆様にご覧いただきたい。
先週金曜日は和歌山の本町文化堂で北村早樹子さんとライブ。興味あったので事前に北村さんの小説「ちんぺろ」買って読む。ようこんなん書いたなぁと驚く身内暴露ブック、めっちゃ面白かった。
ライブはトークしたりカラオケしたり、ちょっとダサい展開に北村さんを巻き込んだ感ありましたが、まあ淡々と格好つけてどうこうする年頃でもないですし、お客さんもそれなりに喜んではもろてる感じもして、頑張んのは頑張った。ライブ後、本町文化堂ご夫妻に居酒屋連れてってもろて酒奢ってもらい、2軒目の2ストロークで佐伯誠之助さんのライブ動画をみんなで鑑賞。和歌山駅前のカプセルホテルに戻る途中、コンビニでまたカップラーメンと納豆巻き買って就寝前の爆食いした10分後には爆睡、塩分取り過ぎと大いびきのせいで、夜中起きたら口の中が砂漠みたいにカピカピなっていた。
翌日は名古屋でライブがあり、和歌山から直接向かう予定にしていたけれど、外付けハードディスクをアパートに忘れてしまい、サンプラーの中身が変えられへん事態に突入、仕方なく一旦アパートに戻る。途中、道端でスマホ拾って交番へ届けたりもあってアパート戻れたのが昼の12時半、30分でサンプラー入れ替えて荷物整理し、三宮からバス乗って名古屋へ。途中休憩で寄ったパーキングの便座がめちゃめちゃ熱かった。とは関係なくバスん中、ずっと寝ていた。
ライブは恐竜新聞というフリーペーパーを作り続けている近藤くん夫妻の企画、会場は千種にあるぱうぜというお店で、なんかめっちゃ雰囲気のええお店だった。近藤くんが前座で1曲演奏してくれたのだが、思いのほか、というかこの夜一番ええ歌うたったんは近藤くんだった。正直ちょっと痺れた。近藤君にそのことを伝えると「今、仏像彫ってまして」と言って見せてくれた上の写真が恐竜仏。近藤夫妻はよく喧嘩をするみたいで、でも出会ってここ1〜2年くらいで夫婦の姿が似て来てて、最終的に二人とも恐竜仏みたいな姿になる日本昔ばなしじゃなかろうか。対バンのこのよのはるも何年かぶりで、前もライブ中に若干揉めてたような気がするが、お元気そうでよかった。
帰りには雨もやんでいた。コンビニで酎ハイとカニカマ買って宿で晩酌したのち爆睡、8時間寝る。
翌朝。バスで三宮へ戻る前に吉野家で牛丼。今日が初バイトっぽいアジア系の男の子、頭フル回転で頑張ってるのを見て頭が下がる思い。ほんでバス。バス移動は景色がおもんないで有名なのだが、ずっと高速道路を走るのでずっと山の景色で、でも今の時期は山桜が咲いていて、雰囲気がちょっとだけいつもと違う。晴れてりゃもっと綺麗だろうに、と思いながら桜の景色を眺めつつ、要するに晴れてたらなんでも明るく美しい感じに見えて、ただ自分らは光を見ているだけなんか〜と、よく分からないことがスマホのメモに残っていた。スマホのメモって後で見返しても大体意味わからん。
昼1時すぎにアパート着、飯と風呂と洗濯済ませ、ライブの曲順と荷物をやり直し、また十三へ移動。
ほんで十三。新しくオープンした阪神タイガース立ち飲み屋、花輪が商店街の道の半分まで迫り出していて大阪やなぁ、と思う。この日のライブは何年かに1回ある、ドラムの定岡くんとかジャズの人らに伴奏してもらうゆうやつで、レインコートの小林くんのアイデアで見守り隊の人にコーラスしてもらうことになり、リハ前にそれの打ち合わせでコラース隊だけ公園に集まって練習。
ほんま平和な時間であった。それより前に、このライブでコーラスしてもらうことになってた紀伊田辺の田中さんが去年の年末に亡くなられて、自分的には田中さんも居ってほしかったなと言う気持ちではあった。田中さんには色々とお世話になって西明石で一緒に路上呑みしたこととか、去年串本町でライブしたときにライブ中に酒飲んでぐーぐー寝てて歌いながら起こしたみたいなこととか、なんでこの人、こんなにカニコーセン好きなんやろって気持ちわるなるくらい「カニさん、カニさん」て言うて来はる人だったので、公園で練習しながら田中さんがここに居てたらどんな感じやっただろうな、多分すでに酒をガンガンに飲んでて変なテンションなってそうやなとか思たり、もしかしたらライブ中に嬉ションとか漏らしてまうかもな、だったら面白いのになとか、でももう居ない、と思うとやはり寂しい。公園の桜の花もちょい散りかけで、葉っぱの緑がチョロチョロ見え出してたり、これが時の流れゆうやつですか。コラース隊には「あんまり頑張って盛り上がろう、とだけはせんとってくださいね」と注意を促す。
バンドはドラム定岡くん、サックスとキーボードで南さん、トランペットとキーボードで黄さん、事前に曲順だけメールでやり取りはしていたけれど合わすのはこの日が初めてで、正直私は心配ではあった。けど開演前のリハを1時間くらいしてギリギリどないかはなる感じ、まあジャズの人らやし何とかしてくれるだろうという気持ちでイマナカへ1杯だけ酒飲みに行くと、コーラス隊はすでにワイワイやっておった。田中さんもイマナカ来てたら喜んでワイワイであっただろう。
ライブは満席でした。ありがとうございます。前半に一人で40分くらいやって、それもまあええ感じで出来たかなぁと思う。その後、定岡くんらだけで30分ほど演奏、生島くんが作ったという曲も何曲か演奏していた。こうゆうバンド企画の流れで、ここ何回かバンドネオン弾いてくれてた生島くんが2年くらい前に事故で亡くなって、もう定岡くんと一緒にすることもないんかもなぁ、と自分はちょっと思っていた。ライブが重なって生島くんの葬式にもお別れ会にも私は出ておらず、生島くんのことを誰かと喋りたいなとずっと思っていたので、この日生島くんのことを知ってるお客さんも多かったし、ほんで彼の曲を聞けて、あとでちょっと定岡くんと振り返って話し、5年前にコマヤで生島くんとライブしたときの目黒川、いきなり唱歌みたいな三拍子でイントロ弾き出したとき、マジか、ってなったけど、音楽って楽しいなぁ〜と思いながら歌ったこと、定岡くんに話せたり、自分なりに生島くんとのお別れ会出来てよかった。
ほんでコラース隊も加えてバンドで10曲。初対面で10曲ともうまいこと合わせてくれた南さん、色々アレンジ思いつきで出してくれた黄さん、仕切ってくれた定岡くん、あんまり元気にならんといて下さいねと言うてたのに割と元気になってたコーラス隊、紀伊田辺のツボ八で10万円分くらい酒奢ってくれた田中さん、平日の大阪のライブ帰りの新快速で隣になって映画の話を息継ぎなしでひたすら喋り続けてた生島くん、ほんまにありがとう、またどこかで会おう。親戚の法事みたいな会場でしたが、まあこんなんもええやないですか、平日の客の居ないライブハウスばかりでは悲しすぎます、わたしもう50歳ですよ、わたしだってベタに愛されたいですよ、マジで。帰りしオリジン弁当で買った鶏の唐揚げ、電車でモサモサ食うたけど、めっちゃ美味かった。
3日ライブ続いて翌日はバイトダブルヘッダー。2個目のバイト中、昨夜のライブ見に来てくれた知り合いからLINEが届き、見ると「バンドアンサンブル、センス、まじでくそダサかったです」とのこと。全ての人々が好き勝手なこと言える、そんな平和な世界が続きますように。
次のライブは大阪です。どんなダサい曲でも、形になれば満足だ。

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