コブログ295

4月末に情緒不安定ぽくなって1ヶ月経過。人に話聞いてもろたり、嫁さんも優しめに接してくれたり、ライブで鬱憤ドバドバ垂れ流したりして、だんだん治まってきた感じ。べつに仕事行かれんなるとか、飯が喉通らないとか、そんな酷いことなってないけど小さくは浮き沈みあって、その度に胸が押さえつけられるように息苦しくなり、あと夜中遅くに寝ても必ず5時半に目が覚めてしまい、そのあと寝れないから昼間はずっとイライラして何かと動き回り、かと思うとジーっと一点見つめしてもうてたり、なんかそんなんの繰り返し。まあそれくらいの浮き沈みは誰にだってあることかもしれないのに、その程度で悲観にくれたりする自分もまた嫌だなと思ったりもする。ほとんどストレスかかりそうにない環境で生活してるにも関わらずこんなんだから、都会のサラリーマンみたいなこと、自分には到底出来ないだろうなと思う。

5月23日木曜日。早番。無くしてた菅笠が見つかったお祝いに、昼飯はヤスダヤでカレーを喰う。セットで頼んだアイスチャイがワンカップのコップに注がれて出てきた。最近はちょっと可愛い柄のワンカップとかも巷に溢れてて、そう云うのお洒落で使うお店とかもあるんかなと思うが、おもっくそ大関のラベル貼られたまんまのワンカップだったので、なんか本場のカレー屋っぽく感じた。「こんなん、コップ洗いよったら、だんだんラベル剥がれて汚ななりますやん」とヤスダヤさんに云うと「そないなったら捨てますわ」とラフな返し。カレーもチャイもめっちゃうまかった。

仕事のあと元町のスペースオーでわたしの性年表3時間弱バージョン。平日やのにお客さん沢山来てくださって、チラシにHIROMIX使うたせいか若い女性の方がめっちゃ多かった。わたしの性年表するの10何回目だけど、スライドもちゃんと準備出来たし、時間に焦らず喋りたいこと全部喋れた感もあって、今までで一番ちゃんと出来たと思う。スペースオーで何回もライブさしてもろて慣れてるいうのもあるけど、お客さんとの距離とか機材とか含めて、今いちばんスペースオーが弾語りやりやすい。ライブ後の物販も飛ぶように売れて、カンパも沢山頂き、時間もそんなに遅くならないうちに撤収出来て、パーフェクトな感じした。

ライブ後、石仏ナビゲーターの村井くんと呑みながら一緒に帰る。村井くんはこないだブログ募金に5000円振り込んでくれたらしく、この日も差し入れてキクマサ3PACくれて、ほんで神戸駅まで20分歩くときも重いリュック持ってもろたり、なんか奴隷みたいに扱ってる気がしなくもない。

村井くんは姫路やけど、加古川駅で下りて自宅の近くまで送ってくれた。ほんでお地蔵さんの話聞かせてくれたり、「カニコーセンさん、これ、いけず石って云うんですよ」とか足元の石が何であるかを教えてくれたり。自宅の最寄りのローソンでお酒買って駐車場で呑みながら立ち話したけど、すでにキクマサ4PACめに入ってたので記憶もあやふやで、何時に自宅に戻ったのかよく憶えていない。

5月24日金曜日。遅番。午前中はライブの後片付けとか家の掃除とかする。昼前に家を出て仕事場に向う途中、加古川駅のホームで大きな風呂敷抱えてる人がいたので、何運んでんのやろ?思って見ると、またもや石仏ナビの村井くん。風呂敷の中身は折り畳み自転車で「仕事休みなんで、これから西脇行ってきます」と云って、加古川線のホームへ向っていった。思い込んだら試練の道を、行くが男のど根性。村井くん、熱中症に気をつけや。

 

仕事のあと、元町のお好み焼きさか田さんへ、前日のライブをお店休んで見に来て下さったお礼云いに行く。豚キムチ食べながら呑んでる最中に嫁さんから「まーくん、おつかれ」とメール届いて嬉しくなる。はっきりいつからかは判らないけど15年前に結婚したころから、嫁さんがわたしの名前をぜんぜん呼ばなくなり、わたし的にはずっと寂しく思ってたので、先日喧嘩したときにちゃんと名前で呼んでくれんと!どもならんど!」と脅すと、それからは「まーくん」と呼んでくれるようになった。それが嬉しくて、さか田のご主人やお客さんにその事を伝えると奥さんが頑張ってまーくんて呼んでるんやから、カニさんかってチヅさんからちーたん』くらいに頑張ったらどないですか」と云われて笑った。出来るだけ阿呆な呼び方したほうがハードルが下がってええんですって。

5月25日土曜日。仕事休み。小学校の運動会があり、早めに起きて嫁さんが弁当作ってるの手伝う。おにぎり握りながら不意なタイミングで「ちーたん」と呼んでみたら「へ?」云う感じでスルー。長男を部活に送り出したあと二人で小学校へ出掛ける。

 

前日から光化学スモッグ警報みたいなのが出てて、運動会のプログラムも短縮されていた。加古川小学校には広い森みたなんがあって、木陰に敷いたゴザの上でゴロゴロしながら、次男の出番を待つ。運動場のハイインピーダンストランペットスピカーからギャンギャン流れてるBGMの曲が気になったのでシャザムで調べると、きゃりーぱみゅぱみゅの原宿いやほい何ちゃらかんちゃらリミックスだった。嫁さんにシャザムの便利さを云うと「へ〜」と感心しながら「なんかシャザムってSHAZNAとイザムが合体したみたいな名前だね、T-REXとマークボランが合体してT-BOLANなったのと同じだね」と云ってて、天才かなと思った。

 

午前中はクラス対抗リレーがあり、いいチームに入ってたので結果も良く、見せ場あって満足。お昼の弁当の時間には実家の両親も見に来てくれて、みんなで弁当を食う。お昼に部活終えて弁当喰いに合流するはずの長男がなかなか来ず、嫁さんが家に電話して聞くと、あまりにも練習がしんどすぎたので、飯喰わずに寝るとのことだった。弁当喰うたあとゴロゴロしてると、長男と同じ陸上部の男の子が通りかかり、練習での長男の様子を聞くと「めっちゃしんどいから、帰って即効寝るいうてました」と教えてくれた。その子は小学校の時から陸上部してたので、それなりに鍛えられてるけど、長男はまだ始めたばかりなので、そんな感じかなと思う。

次男は今年始めて地区対抗リレーの代表になれたので、実家の両親と一緒に応援した。地区の代表の子はみんな走るのが早いので見せ場は作れなかったけど、まあ転んだりバトン落としたりしなくて良かった。

 

テントを持って来てる人が沢山いて学校中がテントの博覧会みたいだなと思ってたけど、仕舞うおりになってなかなかテント畳めず悪戦苦闘してるお父さんが続出してた。知恵の輪してるみたいやなと見てて思った。

夜はライブさしてもらいにモトコーのパコカパに行く。商店街の近所付き合いとかまあまあ面倒くさい状況にありながら、なんとかライブ催す努力してる店長さんの心意気には尊敬の念。

ほぼ路上ライブみたいな雰囲気の中でDA★さいとうさんから。仕込んで来た面白系の替え歌と自作の告白系ソングを織り交ぜて楽しいライブ。続いて、おとなし系弾語りの女の子さらねさん。緊張してはってギターの弦押さえる指が震えてたけど、そんなんも含めて頑張ってる感伝わって来た。まあ、おっさんらに至近距離から見つめられながら演奏するのやり難いわな。ほんでわし。ちょっと先々のライブに向けてサンプラーとかネタとか減らして行く考えで殺伐とした曲順にしたら、路上ライブ的に人々が通り過ぎていくロケーションがええ感じに作用してどんどん気分が荒んでいき、やろうと思ってたヤタケタな感じには出来たけど、お客さんもお店の主人も、なんでカニコーセン怒っとん?みたいな感じなり、こんなん続けてたら誰もライブ呼んでくれんなるんかなと心配になった。この日は出演者3人とも告白系の自作曲が多くて、なんかまた改めてそういう曲を増やしていこかなとか思った。

5月26日日曜日。仕事休み。ヒラキで通販した靴に自分でシルクスクリーンして、天誅スニーカー買わんで済ましたろ思うて取り組んだが失敗。一発で気持が折れてしまい、靴もシルクスクリーンも何もかもゴミ箱にぶち込む。

春日野道サウンドフェスタに弾語り呼ばれてたので昼から一人で出掛ける。いつものことだけど春日野道商店街ついても、フェスタっぽい雰囲気が微塵もなく、ここで挫けるようではカニコーセン8年続けられない。ライブはぴらにあカフェでさしてもろて、どこで何やっても自由な感じだったので、45分くらい生音でライブさしてもらう。ライブ見に来てるんじゃないお客さんがずーっと喋ってるし、受験勉強みたいなんしてる若いカップルもいるし、どないせいゆーねんみたいな雰囲気も、またぴらにあカフェぽくもあり、いましろたかしの漫画の世界でもあるから、じゃあここは一つ張り切ってみるかと荒み系の曲順やるとやっぱり燃えて気分的には絶唱。見た目的にはどうか判んない。おしどりご夫婦がWで淡路島と尼崎から見に来てくださって、一応ライブの体裁になって助かりました。ありがとうございました。

そのあと阪急乗って豊中に移動。庄内のLOOSEというお店で光玄さんとピンボケサマーズさんと対バンさしてもらいました。お店につくと光玄さんがリハしてはって、自分の物販列べながら光玄さんの歌を聞く。あんまし対バンの人の歌に気持が入っていくことが普段ないけど、やっぱ自分の調子悪いんか光玄さんの歌詞がなんとなく耳に残ったりする。

リハのあと光玄さんとぶらぶらする。前に光玄さんと呑んだ、鳩が店内飛び回ってる立ち飲み屋に行ったけど日曜日で閉まっていた。日曜日はどこも休みらしく、安く呑めそうなええ感じのとこがぜんぜん開いてない。

仕方ないから歩きながら呑むことになり、コンビニで光玄さんに金麦奢ってもらう。光玄さんが便所行ってるあいだ店内でぼんやり立ってると、缶珈琲のフタを自力で開けれんおばあちゃんが、店員さんとこまで「ごめん、にいちゃんあけて」と頼みに行ってるのを見かけた。おばあちゃんはイートインコーナーで珈琲飲みながら、割り箸でサンドイッチ食べていた。おばあちゃんがもの食べてる光景を見るといつも切ない気持になる。

最近は誰かと話す機会あると、だいたいは夫婦のこととか聞いてて、光玄さんも40年くらい付き合ってる奥さんがいるので、なんやかんや質問する。光玄さんはまあ素っ気ないもんやで」みたいに云うてたけど、光玄さんとこの夫婦がまあまあ仲良くて、お互いまあまあ愛し合ってるのも私は知っている。ずいぶん前に、わたしが働いてる職場に光玄さん夫妻が二人で映画見に来たとき、なんかええ感じやったもん。

そのあと、たい焼きとかも奢ってもらったりしてLOOSEに戻る。わたしも光玄さんもお客さんぜんぜん呼べてなさげで心配しあってたけど、ピンボケサマーズさんの地元の音楽友達とかが沢山見に来てくださって助かりました。本番始まって、光玄さんの曲聞きながらなんとなく考え入ってしまう。「生きるしかない未来」「おれはおれだけ見つめておけばいい」という歌詞がなんとなく耳に残る。光玄さんの曲の歌詞は、全部かどうか判らないけどたしか奥さんが作っておられて、その奥さんから「おれはおれだけ見つめておけばいい」てメッセージを光玄さんが受け取ったんやとすると、それはまあなかなか深いコミュニケーションやないんやろかと思った。自分が先日から家庭内で取り乱すことが多くてグラグラしたりイライラしてるとき、嫁さんが両手でわたしの肩を支えてくれて「あなたが元気じゃないと、わたしも悲しいからね」と励ましてくれた。「判ってる」「判ってくれてるってお互いが心の中で思えてたら、いちいとそんなこと口に出させなくても済むのかもだけど、わたしも疑り深いというか大人になれてないからちゃぶ台ひっくり返してまで、相手にそういうこと云わそうとさせてしまう。光玄さんと奥さんが歌の中でお互いの気持を確認しあってるなら、むさくさ素敵なことやなと思う。

帰りも光玄さんの昔ばなし聞きながら三宮まで一緒に帰った。十三で神戸線に乗り換えるとき、むかし十三のホームで光玄さんの友達がうんこ漏らして、尻拭くもんないからギター用のクロス使てたわ云う話をケケケケ笑いながらしてはって、うんこの話してケケケケ笑う64歳ってめっちゃええなと思った。わしも出来ればそうなりたい。

 

6月はライブが5回あります。どれでもいいので見に来てください、よろしくお願いします。

 

2日 シカク8周年感謝祭【完売】

6木 西院ネガポジ【ノーチャージ】

8土 瓢箪山 Bar HOWS【夫婦ワンマン】

21金 元町 汎芽舎レコード【定例発表会②】

 

27木 扇町para-dice【43才誕生日】

kanikoosen.com/live/