コブログ291

5月11日土曜日。東京遠征2日目。きのうライブした貸しギャラリーの電球を緩めっぱなしで直してないのを思い出し、恵比寿のカプセルホテルから歩いて渋谷へ向う。

途中でお地蔵さん発見した。

 

庚申塔と云うらしい。説明書きを読んだ感じだと、信仰の対象と云うよりは、ただ集まって飲み会するための目印代わりみたいな感じもする。

サルとハトかな。煤けてるけど可愛らしい。

 

不動明王ぽいが、これもキャラキャラしてて可愛い。日本のアニメ文化の原点はこんなとこにあったりするかもしれない。

 

ギャラリーの電球を元通りに直したあと、別に用事もないので20年前に通ってた大学を見に行ってみることにした。

大学2年が終わるまではあまり学校に行ってなかった。友達少なかったので単位取る要領とかが判らず、情報の得ようもなかったので、結局は真面目に授業受けるしか自分には方法がないことに気付いたのが3年なったときで、それからは真面目に通った。ぜんぜん楽しくなかったな、とかつての通学路を歩いてたら、思いがけず大学がデカく建て直されてて驚く。なんか新神戸オーパみたいになっとうやんけ。

校門こんなんやったかなぁ。バイト終わって夜間の授業行くとき、校門の近くで外人の男の子がおもちゃの機関銃打つ真似してきたから「わぁ〜やられたぁ〜」って打たれた真似したったのに、その男の子わしに向って「パッキュー!パッキュー!(FUCK YOU!FUCK YOU!)」云うてきやがって、どんだけ口悪い外人やねん。

わー、ぜんぜんちゃうわ。めっさ21世紀美術館みたいに変ってもうとうわ。

 

中庭の片側のベンチはそのまま。4年で半期2科目4単位落として留年が決まってもたとき、このベンチとか花壇にあった植木鉢とか蹴りまくったな。ムカついて物にあたるのは昔からの癖だな。

1年くらいで辞めてしまったけど、この地下2階に夜間部の軽音楽サークルの部室があった。そこで色んな人に出会って今の人生があると思う。出会う順番がいろいろあるけど、このサークルに入らなければ師匠や嫁さんとも出会わんかった。

氷川神社の境内通って明治通りに降りる。石仏ナビゲーターの村井くんから「カニさん!渋谷にも石棺仏あるんすよ!」と教えてもらってたので、福昌寺というお寺へ見にいってみた。

結構デカいし、結構浮き出て3Dっぽい。

 

東京にある石棺仏はこれだけらしい。渋谷のお寺の看板に播磨の地名があったりして不思議な気分。

 

恵比寿駅の近くで通りかかったパワースポット。

 

CDの納品頼みに行こかなとか思ってたけど面倒臭くなり、千駄木から上野らへんに引っ越した古書ほうろうを見に行ってみることにした。ほうろうさんにはさざなみ置いてもらってたり、お世話になってるんです。

地下鉄根津駅からほうろう探しながら歩く。手ぶらで行くのもマズいかなと思って、コンビニでプレモル350ミリ2本をお土産に買う。

新しいほうろうに到着。引越作業の最中で、まだ営業はしてなかった。シャッターの隙間からお店の中を覗くと結構奥行きがあり、既に本がびっしり列べられていた。こんだけの本を運んで列べ直そうとすれば、時間も労力も凄まじくかかるし、体もガタつきますよ、そりゃ。シャッターにお土産のプレモル括り付けとく案も浮上したけど、口に入れるもん置きっぱなしにするのもなんやし、自分で2本とも呑んでしまうことにした。

ほうろうの向いに古い建物があり、なんだろう?と思って見ると東大の医学部だった。日本一あたまの賢い子らが出たり入ったりする門か!この門が!

プレモル飲みながら不忍池のとこ歩く。東京は大きな公園が沢山あっていいなあ。

 

不忍池の弁天さんとこに絵馬が沢山吊るされてたので、ビールのあてに読む。この絵馬でいうとこのみなさんとは、どこからどこまでを指すのか、わたしもみなさんに含まれるのか、ならありがとうございます、見ず知らずのわたしの活動のことまで心配してくだすって。

 

途中でマーカーのインクが出にくくなってるにも関わらず、大事な人の幸せ願って最後まで絵馬書ききったあなたこそ、どうか幸せでいてください。わしも前向きに生きていきます。

これはどこの国の人が使う文字なんだろう。

 

やっと平仮名が書けるようになったかならないかの子供の願いが何故こんなに現実的なのか。反町隆史の考えも及ばぬ程のPOISONじゃよ、こりゃ。

レイチェルさんの、郷に入っては郷に従え的な頑張りを感じる。これからは外国の人もどんどん日本に住みはじめるだろう。こういう頑張るタイプの人ばかりじゃないと思うけど、まあみんなで応援しようじゃないか。

レコーディングエンジニアという仕事は、顔の良し悪しでこなせるような甘い職種ではないぞ。弁天さまに頼む前に、就きたい仕事のこと、もっと調べなさい。

嵐のコンサートへ出かけるに際して、まず弁天さまに報告する心構えは見習いたい。

 

都会の生活に流されて、熟語の真ん中に卍をレイアウトすること、いつのまにか忘れてしまってたな。

 

上野公園ぶらぶらしながらビール2本呑んだあと、恵比寿のカプセルホテルに戻って昼寝して、夕方からライブしに出かける。

2日目も同じ貸し会場なので段取りも一緒やし、手伝いに来てくれたお客さんにちょっと助けてもらったりもして、準備も早く終わった。リハーサルもちゃんと出来てから自分で開場。ライブは1日目よりお客さん減ったけど、師匠とかも見に来てくれたり、あと前日から2日続きで見ようとしてくれてるお客さんも結構居て、めっちゃ嬉しかった。段ボール紙芝居の飯田華子さんが見に来てくれて、ライブの出だしちょっと緊張しつつ、最初の笑いがなかなか起こらなくてヒヤヒヤした。飯田さんの出し物は始まって紙芝居のタイトル云うた瞬間に1回笑い起こって、それでみんながホッとひと安心して、ほんでネタに集中していく。わしにも林家こん平のチャンラーンみたいなんがあればなぁ。

今回は出来れば2日とも見てもらいたくて、というのも1日目のわたしの性年表の最後に夜中徘徊する話があって、ほんで2日目の家族の話の中に、やっぱり自分がすぐ短気拗らせて徘徊してまう理由みたいなんがあって、ほんで2日通しての最後に歌いたいなと思った曲を、こないだのサロンド毘沙門のあとからずっと考えてて、東京に行く日の朝に漸くコードとか付けれて、ほんでその歌を詠うことで、一応まとめとして「人間です!」みたいなことを伝えれたらと思っていた。

やっぱ最後らへんまたバタバタしてしまったけど、新しい歌を詠えたのでライブは満足してます。カニコーセン始める前から、愛とか恋とかセンチメンタルな声の漏らし方で詠うとか、男の腐った奴がする芸当やわと避けてきたけど、わしこそが男の腐ったのであるのは間違いなく、あとこないだ夫婦で言い合いになったときに、ふと「おくゆかしさ」みたいな言葉が出て来て、けど「おくゆかしさ」って、それなりの人がやればおくゆかしいんだろうけど、そうでもないわたしみたいな中途半端な人間がそれに手を出せば、単に格好つけてる嫌な奴で、格好つけるだけの嫌な奴には出来るだけなりたくないから、もうおくゆかしさとか信じないで、愛とか恋とかバンバン声漏らしながら詠とたんるんじゃ!だぼ!みたいな気持を曲に込めて最後に詠えました。なんかちょっと前か後ろかに移動出来たような気がしてます。ストレートソングというタイトルです。

  

ライブ後は師匠とか根岸くんとか斑鳩さんとか、何人かでネパール料理屋で打ち上げして楽しかった。打ち上げお開きになって、渋谷の桜ヶ丘の坂を歩きながら、20年前も師匠らとこれあったし、今は若い知り合いの子らと一緒にこれやってて、また何年か経って同じシーンで同じこと思えたらなと思った。

 

次回のわたしの性年表は元町のスペースオーであります。見に来てね〜。