コブログ268

遅番終わって日付が変わるころ自宅に戻り、お湯割り呑みながらYOUTUBEでNHKアーカイブス見る。→ NHKアーカイブススペシャル『新日本紀行 歌が生まれて そして~長崎県奈留島~』。大学生のころに夜中の再放送でたまたま見たことがあって、そのときは気に留めてなかったけど、改めて見るとかくれキリシタンのことにも触れてあったりして興味深かった。番組は長崎県の五島列島にある奈留島に住む女子高生が、自分が通う高校は分校なのでオリジナルの校歌がなく、ユーミンさん作ってくれませんかと、当時まだ大学生だった荒井由実が担当する深夜ラジオにハガキを送り、ほんでそれに応えて「瞳を閉じて」と云う曲をユーミンが作って送ったいう出来事があり、その経緯を数年経って振り返ったりする内容。ハガキを送った女性は島の高校を卒業したあと東京に出て来てウエイトレスしながら大学浪人していて、それを取材したり、逆に島に残って漁師として働く若者にインタビューしたり、そう云えば21世紀のちょうど今まさに3月の卒業シーズンやなとか思いながら、深夜にパソコン眺めつつ感傷にひたる21世紀おじさん。

 

その続編として10年くらい後の奈留島とユーミンのドキュメンタリーもあったので続けて見る。→ NHK 九州特集『瞳を閉じて 〜ユーミンが贈った島の歌〜』。ユーミンが送った「瞳を閉じて」は結局校歌には選ばれず愛唱歌として学校行事などで歌い継がれるようになり、その記念として高校の敷地に瞳を閉じての歌碑が作られ、ほんでその除幕式にユーミンが来る云う内容。印象に残ったのは、ユーミンが曲を作った10何年か前の当時を振り返りながら「念写するような気持で曲をかいた」と云うてて、誰もが認める天才ソングライターであっても、思いつきでポンポンと曲が出来るわけじゃなく、脳みそフル回転さして作ってんねやなぁと感心した。除幕式でユーミンが、石碑や教科書に載るとかの問題じゃなくて、10何年か前にお手紙もらって無心に曲を書いてたことを思い出し、これから音楽やっていく上で忘れてはならない経験をさしてもらって云々と、おそらく正直な気持を語ってて、マジにおれは涙が止まらなかった。初期の荒井由実の才能は、全人類はおろか数年後のユーミン自身にも手の届かない奇跡で、以降30半ばにして日本の音楽シーンの頂点に居りながらも「小さいころは〜神さまがいて〜」とかつての自分へ対する憧れるみたいな気持ちもあるんだろうかと、考えながら部屋の時計を見るともうすぐ夜中の2時じゃん。歌碑に刻まれた文字はユーミンがサインペンで書いたのをもとにしてるらしく、それを見ながら「こうやって見るとなかなか綺麗な字ね」と自画自賛するシーンも嘘がなくて感動。わたしは一刻も早く死んで、ユーミン的な何かに生まれ変わりたい。

3月4日月曜日。仕事休み。嫁さんを仕事場へ送ったあと、和菓子屋でカステラ買うて実家に寄る。いつもだと30〜40分喋って帰るのだが、なんだか昨日は両親2人とも話が終わらなくて困った。年寄りなので神社とかお寺に行くのが好きなのだが、毎回どこでも記帳ノートがあればペラペラと見るようにしてたらしく、数年前によったある神社の記帳ノートにビッシリと呪の言葉が書いてあった話が面白かった。あまりに気色悪かったので、それ以来そのてのノートは見ないようにしてるらしい。記帳ノートに着目したことがなかったので、また有名な神社とか行く機会があったら見てみたい。

結局2時間半両親の話を聞き続けたのち解放される。べつにこれといって急ぎの用事もないし、今日はダラダラ過ごそうと思い、最近よくライブに来てくれて、今回のさざなみ16号から「石を訪ねて」と云うコーナーを受け持ってくれてる村井くんが勧めてくれる石棺仏、通称セイメンさんを見にいく。加古川線の厄神駅の近くにある以外は何も知らない。

厄神駅につき、周辺をノロノロと移動しながらセイメンさんを探して回る。写真の整骨院は子供のころ脱臼癖がありよく行ってた整骨院。おばあちゃんのアゴが外れたときも、私の母親がこの整骨院に連れてきたらしく、アゴをハメてもらったあと先生が「おばあちゃん、なんか喋ってみて」と云われ、「何か」と云われても何を喋っていいのか直ぐに思いつかなかったおばあちゃんはしばらくして「マシャエシャン(正枝さん)」と私の母親の名前を口にした伝説も残る。

 

あたりを見回しながら軽四で移動してるとお墓があり、喪服を着たおばさん2人と丸いお坊さんが、小雨のなか法要していた。間近を通りながらお坊さんの顔をよく見ると中学校の同級生だった。ちゃんとみんな世の中の役に立ってるんだなと思った。

セイメンさんの場所をネットで探してもザックリとした地図しか出て来ず、交番があったので訪ねてみた。交番の中には警察官はおらず、緑のブレザーを羽織ったシルバー人材センターから派遣されたようなおっちゃんが、スチール机の上にスポーツ新聞を拡げて読んでいた。平和の象徴みたいな光景だと思った。交番に入り「すんません、お尋ねしたいんですが、セイメンさんはどこにありますか?駅の近くにあるらしいんですが」と聞くと派遣のおじさんは「製麺?」と聞き返してくる。そうか、この辺りに住んでる人だったら「セイメン」と聞けば誰でも即座に答えれると勝手に思い込んでた。それに、もしかしたらこの派遣のおじさんは近所に住んでる方じゃなくて、この村とは別の村から来てる人なんかもしれんと思い直し「石仏を探してまして」と聞き方を変えると「セキブツ?」ってまた聞き直して来る。大和田獏と連想ゲームやってるみたいだなと思いつつ「このあたりに有名なお地蔵さんがあるらしくて、さがしてまして」と云いながら、スマホにあるザックリとした地図を見せる。するとスチール机の引き出しからゼンリンの地図を出してくれて、わたしのザックリした地図と照らし合わせ、なんとなく向うべき方角と距離を教えてくれた。お礼を云って交番から出ようとした私に派遣のおじさんは「そのお地蔵さんほんまに有名なん?」と聞くので「はい、いま流行ってるんですよ」と応えたが、流行ってるのは村井くんと私の間だけ。

交番からセイメンさんがあるだろう方向にしばらく進むと、自宅をDo it ユアセルフに足場囲んで要塞みたくしてる趣味のええお宅があった。

辺りが田んぼばっかりになり、ないなーないなーと困っていたら、それっぽい小屋を発見。立て看板もありそうだし、あれに違いない。

小屋の煉瓦の土台はかなり痛んでいたけど、トビラとか囲いとかはそのつど直してある様子。

 

セイメンさんと初対面。このあたりで見かける石棺仏と雰囲気がぜんぜん違い、大人の上半身とほとんど等身大で、顔の表情は生々しくもあり、なんとなくじーっと見てしまう。村井くんが云う通り特別に引きつけられる雰囲気があり、やっぱカーネルサンダースの人形とは一味も二味も違う。

ネットの情報によるとセイメンさんの名前は安倍晴明にゆかりがあるらしい。なんか呪い殺されそうで恐なってきた。

 

セイメンさんは駅の工事してるときに偶然掘り起こされたとのことで、お堂の中には他の石仏もゴロゴロ転がしてあった。

 

お供えのお酒がビネガーになってしまっている。たぶん当番制で村の人が交代で掃除したりしてると思うけど、周りは年寄りばかりになって、なかなか手が回らなくなってるんだろう。わたしの実家の周りでも同じことが起こりつつあるらしい。

ひとしきりセイメンさん見て満足し、車に戻ろうとしたら、さっきお墓で念仏上げてた同級生のお坊さんが、青い外車でわたしの目の前を通り過ぎた。

人間は大脳が異常に発達しすぎてしまったせいで、板状の石に目と鼻と口描いただけで手合わせて拝んでもうたり、だいたい石を拝むってなんなんかな、不具合としか考えれんよな、とか思いつつ近くにある農協ショップへ野菜を買いにいく。

これなんか正しく大脳肥大に伴った異常行動の特徴よな。こんなん紅衛兵に見つかったら即効リンチの末に消されてまうから気をつけなあかんでな。

昼飯に喰うほうれん草80円としめじ100円を買う。最近は大根おろし喰うブームなので、ストックの大根も1本買う。カニコーセンのCD500円で安いなってたまに言われますが、大根100円だっせ。儲からないのに美味しい大根安く売ってくれて、お百姓さんありがとうございます。また今度、ソフトバンクの社員の頭どつき回す用に大根100本買いますね。

 

ほんで自宅に戻りつつ、少し蛇行しただけで石棺にぶつかる。

仏さんは掘ってなくて、ただの石の蓋。

 

何かに利用したのであろうって、その何かを濁すってことは下ネタなんだろうか。

 

遠目に見ると古墳みたいな形してる山だなと子供の頃から思ってたけど、来るのは初めて。鉄製の柵にはちゃんと人が通れるくらいの隙間を残してくれている。

ここは中学校の校区でいうと、自分の地元とは加古川挟んで向かいにある山手中学校の校区なのだが、この城山にまつわる怪談話を山手中学校の生徒から聞いたことがあり、その怪談話にタイトルをつけるとしたら「ボア星人」なので如何にも嘘っぽいのだが、当時はめちゃくちゃビビっていた。たしか、サビの決め台詞は「俺は!ボア星人じゃ!ないだべしっ!」だった。

多分ボア星人の話を創作した彼は、この石棺の下にボア星人とか居そうって思ってたのかな。中学生の要らん想像力ってほんと凄まじいからな。

ボア星人が出したボヤ。あれから30年、わたしもしょーもない駄洒落云うオヤジになりました。

 

別に何か資料を持って移動してるわけじゃなく、なんとなく山があるなと思う場所に近づくと墓があり、墓のそばにはだいたい石棺仏がある。

もともとこの場所に立ってたわけでもなさそうで、墓参りのついでに花でも添えてくれるんちゃうかという計算の上で、わりと最近の村の役員の人とかがこの場所に移設したんだろう、多分。

おもっくそ土葬っぽい墓。丘の向こうから三船敏朗もしくは稲荷市場の四門くんがフルチンで棒振り回しながら駆け下りて来て、そばに停めてるわしの軽四のフロントガラス、ゲラゲラ笑いながらベッキベキにぶち壊しそうな斜面だ。

洋服の青山ヴァーサス紳士服のAOKI大戦争に続き、ここでも山彦 対 山荘の第三次連れ込み宿大戦が繰り広げられている。

ほんでまたしばらく行くとお地蔵があるっぽい小屋。

 

このお地蔵さんは市の文化財らしく、ちゃんとしたお堂に安置されて居た。けど21世紀のクリエイターである私から見てもぜんぜん正直セイメンさんの方がヤバいと思いますんで、ぜひセイメンさんの方の入れもんも、もうちょい頑丈にしたってくれませんか?って市議会に申し出よかな思います。ていうか、お前が自腹でコーナンで資材買ってDo it ユアセルフしろやって話ですね。ブラブラしすぎて自宅に戻ったらお昼まわっていたし、洗濯もん洗濯機から出したまま干すの忘れてたし最悪。2割引の鳥きも炒めて喰う。

 

なんか北海道の知らないおっちゃんがカニコーセンの解説書いてくれてますと、岡山の中野さんから連絡ありまして、見てみたら面白いおっちゃんでした。→ 共犯新聞