ブログ日誌87

 

新快速の新しめの車両、窓の段のとこが広くてお酒とかシラスとか置きやすいんで、ぜひ皆さんも置いてみてくださいね、ほんと広くて感動しますよ。

 

 

その時々で何やかんや用事あってブログに使う時間が以前に比べて減ってるのだけど、それでも合間合間に書いては自分なりにコツコツ取り組んでるつもり、誰に頼まれてるわけでもないけど、偉いなって自分でも思う。朝起きて散歩してユーチューブ見て仕事行って帰りに月桂冠飲んでアイス食って寝る、ほとんど同じことを毎日繰り返してるので、面白いことなんて何も起こらないし、起こったとしてもそれを丁寧に書く時間もそんなないから、まあこんなもんか的内容のブログになってまうんですが、更新する都度一応はSNSにお知らせを流してて、けど全く誰もお知らせ投稿にいいねボタンを押してくれんくて、それが本当にムカつくというか、寂しい、悲しい、もう人間やめたいみたいな夜があり、やけ酒的にセブンイレブンのハイボール2本飲んだった日本死ね。

 

いいね付がねぇ〜、いいねが付がねぇ〜な〜とブツブツ言いながらベルデモールのベンチでSNS見てたら、それは私に向けてではないと思うけど、誰かの書いた文章を批判してるエアリプ的なんを目にし、しょーもな、しょーーもな、ほんましょおおおおーーーもな、うっさいはカス、カス、ほんまにカスやから2回言うたったわカス、お前は黙っとけカス、批判ばっかしとかんとお前が「これが面白いことですよ」って示してみろ、ボケ、カス、何もせんと文句ばっか言いやがってクソボンクラ平社員、ほんまムカつく、ほんま腹立つ、いいね押せよ、カス、俺がブログ更新したら、おめでとうの意味を込めていいね押せや、まじ、とかスマホに向かって声出してまうくらいエアリプに怒り心頭発してまう、なんかそうゆう夜だってある。

 

面白いこと何にもしてない奴が面白くない奴を批判してるシーンて地獄の光景やな、こんなんに関わってたら悪影響しかないわ、酒飲んでる時のこうゆう気持ちって自分の本当の気持ちやと思うわ、だからそれに従うわ、自分信じるわ、そやからもうSNSやめよ、誰の評価も批判も受けずに自分だけの石垣積んで行こ、これからはそうゆう精神的に崇高な感じで芸術活動取り組んで行こ、そう思ってSNSのアカウントを全て削除する。

 

 

ほんで自宅に戻り4時間ほど寝たらパッと目が覚めて、ヤバっと思いSNSのアカウントを全て復活させる。何やってんだろオレ感バリバリやけど、別れたい彼氏と別れられない女の子ってこんな気持ちなんかなと一瞬思った。一緒にいるとムカつくけど、離れると相手のいいとこばかり思い浮かべてしまって、悪いのは私なんかな?ってツイッターとより戻そうとするのは、己の心にぽっかり空いた穴を埋められればエアリプでも何でも構わない、不幸より不安の方がつらい、でも今度こそはきっと上手く行くはずと、またアル中の旦那が待つアパートに戻っちゃうダメな女、私はね、だからきっと、しょうもないエアリプする人もそんな感じなんでしょうね、SNS依存の闇は深いと思います。

 

 

休みの日。夕方から自転車でちょっと散歩に出かける。なんとなく最近は別府方面に行きがちで、ぶらぶらしてるうちに先日大鍋さんからメールで教えてもらった角打ちがある酒屋を発見した。コロナのあれで今は店でお酒を飲めんけど、ここもそうなんかなと思って店の中を覗くと、カウンター的な場所にお客のおっちゃんが二人とお店のおばちゃんが立っているので、もしかして呑めるの!?って嬉しくなって店内に入ると、おっちゃんらの呑んでるコップの中には茶色いコーヒー牛乳が注がれてて、だまされた〜ってなる。

 

 

一応「店の中でお酒は呑んだアカンのですよね?」とおばちゃんに聞くと、「あかんねん、ごめんやで〜」ということで、缶酎ハイを買って店の外で呑みました。けどなんか天気もいいし、外で山電見ながら呑むのもええもんやなと風流な気分。緊急事態宣言が済んだら、またこのお店に来たい。行きたい角打ち沢山あって、お金も健康ももたない。いっそのこと死にたい。

 

 

浜国道の南側の集落をチャリで流す。ハクション大魔王が出てくる壺と斜視の鉄腕アトム。

 

 

一昨年カウンセリングに通ってた心理相談室。全然ノイローゼ治ってる感じせんけど、先生から「はい、あなたもう来なくて大丈夫」って言われて、なんか俺、先生にマズいこと言うて怒らせたかな?とか一瞬考えた時期もたしかあった。でもカウンセリング行かんかったら行かんかったで、行かんかったなりの人生が続くだけやから、まあ「はい、終わり」って言うてもらえて良かったかも。お金もかかる話やし。

 

 

神戸製鋼のあたりだけ空気が熱いんか、煙突の景色が滲んで見える。

 

 

なんか焦げ臭いけど、ちょっとええ匂いするな、鉄溶かすとええ匂いすんねんな、と思ってたら近くにお茶の焙煎してそうな会社があった。

 

 

 

倉庫に積まれた紙袋に丹波篠山産て書いてあるけど麦茶か大豆茶か。そういえば昔神戸製鋼に出入りしてる業者の人に麦茶30キロ袋でもらったことあるけど、もしかしたらここの会社の麦茶やったかもしれんわ。またもう1回くれへんやろか。

 

 

突然8次元から飛び出してきた坊や。

 

 

トトロや!緑のトトロや!夢だけど!夢じゃなかった!パオ〜〜ン

 

 

いつか村井徳松くんが道標に向かって「道標じゃん」て喧嘩売ってるとこSNSで見たことあるけど、あのとき喧嘩売られてた道標じゃん。

 

 

看板に居酒屋・コンパって書いてあるけど、究極卵かけご飯とそばめし囲んでの王様ゲーム超盛り上がりそう。

 

 

フリマ見に行ったら何かしらの健康器具売ってた。

 

 

サンドイッチの写真をただただ流れ作業的に切り抜き、ドロップシャドウかけて規則的に並べただけのレイアウト、まったく食欲をそそられない。こうゆう中途半端にパソコンを導入したメニュー看板見るとピープルの手書きメニュー表やキャッチコピーやキャプションの類が如何に素晴らしかったかが分かるし、同じハンバーガー屋として手書きメニューの伝統を受け継ごうとしてるグリーンラバーズの目のつけどころは結構イケてたんだなって改めて感じた次第です。

 

 

多木化学と別府鉄道の本社。「TKで私も職場も活性化」っていうスローガンのTKは、TAKI-KAKGAKU-KABUSHIKI-KAISHAの何処かしらの頭文字をとったんだと思うんですが、私ら世代のTKといえば小室哲也ですからお忘れなく。

 

 

角打ちの名店たんばや酒店も一応チェックしとく。当たり前だけど営業しておらず素通り。

 

 

酒呑めんかったら行くとこないなぁ、ていうか生きる目的見失う感じで、東加古川駅らへん経由して家に戻ろうと考えてたら、さっき本社見た別府鉄道の線路跡があったので通ってみた。

 

 

交差点には踏み切りの跡も残ってました。ここに線路があったんだなぁ、っていう痕跡を見かけると俄かに興奮します。

 

 

目つき悪い野良猫。猫の寿命は長くて15年ほどだろうから、この猫もここに電車が走ってたことを知らないんだな、てことはイナバウワーをギリ知ってるか知らないかの世代だな、こいつは。

 

 

明姫幹線という大きな道路を横切る。ネットで見てみると別府鉄道が終わる頃に明姫幹線が出来たっぽくて、鉄道から車にどんどん入れ替わっていく時期があったんでしょうね。

 

 

遊歩道沿いは静かな住宅地だけど、ちょいちょい居酒屋的なんもあった。ほうれい線、つよく描きすぎ、キャッツかな。

 

 

脇道に酒という文字を発見。角打ちやってないか一応チェックしとく。

 

 

角打ちやってないけど、洋酒日本酒各種取り揃ってる気合入った酒屋さんでした。脇道戻って廃線跡を進む。

 

 

おお、これが別府鉄道か。なんか家みたいやな。

 

 

昭和59年に営業停止ってことは、わしが小学校2年か3年の時まではこれが走っとったわけやな。自分がそんなに年寄りやとは思ってないけど、この電車見たら自分もすごい年寄りなんやなぁと感じる。ていうか、自分の実家は加古川でも山の方にあって、加古川駅から南側とか東加古川がどんなんやったとか全く見たことがない自分からすると、やっぱ加古川でも電車が走ってたこのあたりは都会っぽいイメージがあります。

 

 

加古川卸売市場。なるほど、昔からの産業っぽいのは別府鉄道沿いにあったりするわけやな。そうゆうの気付く自分てほんと偉いな。

 

 

ニシカワパンの工場も別府鉄道沿いな。加古川の小学校の給食のパンはニシカワパンで、小学2年なったら授業で工場の見学行くことに決まってて、見学の帰りにクリームパン1個もらうねん。ニシカワパンの看板見ながらふと思ったんやけど、看板の女の子の髪の毛8本なんは2✖️4(ニシ)いうことで、長い髪の毛が川みたいになってるからニシカワに掛けてるちゃうか思うんですけど、正解でしたらあんぱん100個下さい。

 

 

工場の直売所があったので、その旨伝えつつ菓子パン1個買うて食べながらブラブラしよ思たけど、店の中から店員さんが両手でバツ印してて、あれ?って思うて自分の腕時計見ると18時1分。1分くらい負けてちょうだいよニシカワパン。

 

 

何作ってるかよう知らんけど、昔らからあるTLVいう大きな会社も別府鉄道沿い。昔、加古川のプラザホテルで配膳のバイトしてる時にTLVの社長一家20人くらいが中華のコース食うみたいなんがあって、中華のコースのルールなんか知らんとわしが先頭で皿運び始めて、まずわしが社長の席前の全然違う場所に皿置いてもたから、後ろの子もわしが皿置く場所見て全然違う場所に皿置いてもて、だからそのあと全員でテーブルもう1周して皿置き直してんけど、さすが豪族の人らやからバイトが皿置き間違えしたくらいでヤイヤイ言わへんし、ライオンズクラブやってる程度の中小企業の社長やったら、絶対ギャーギャー言うてたやろし、そうゆう意味で俺はTLVの社長認めるな、あいつは大した奴や。

 

 

線路跡の終点にはちんぽ丸出しの可愛い子供の銅像がありました。廃線と幼児のちんぽって何か関係あるんかな。

 

 

名所案内みたいなん。通って来た廃線跡は松風こみちって言う名前がついてるらしくて、そういえば聞いたことあるかも。

 

 

昔から別府駅の前にミスドがあるのだが、見所として加えられていた。まあ昔はファーストフード的なんも少なかったから、市民にとったら鶴林寺よりミスドの方が断然有難かったんかもな。

 

 

しかしこんな中途半端な場所で別府鉄道って終わってたんか?と気になりネットで路線図を調べると、もう少し先まで行ってるぽい。赤い線が別府鉄道で、さっきの気合入ってる酒屋があったとこに円長寺ってお寺がたしかあった。

 

 

加古川市役所の近くに野口駅の跡があり、ここが別府鉄道の端っこらしい。この駅は国鉄高砂線の駅でもあるらしく、さっきの路線図を見ると高砂線は国鉄山陽本線を一回北側に抜けてから加古川駅に入ってるっぽい。

 

 

王将の持ち帰りの餃子を買いに行くとき何気に通ってるこの道は、もともとは高砂線の線路があった場所やったことを加古川に45年住んでてようやく知りました。そういえば左側の歩道の幅が妙に広い気がするが、おそらくここを高砂線が通ってたんだと思う。

 

 

そうなると高砂線がどんなルートで加古川駅に入ってるのか滅茶苦茶気になってくる。グリーンシティーって言う大きなマンションがある横の道も、昔から交通量少ない割に大きな道やなとかちょっと変に思ってて、ここも高砂線やったんやな。

 

 

でJRの高架を北に潜って、線路がカーブしてながら加古川線と合流する感じのルートを探すが、ちょっともう住宅地とかになってしまって目印的なもんが何も見当たらず、線路跡をはっきり確認することは出来なかった。なんか急に線路跡解明したい欲が湧き出てきて、井戸端会議してる4人組のおばちゃんに思わず「すんません!高砂線はどこ通ってましたか!知ってますか!」て聞きそうになったが、なんかあまりにも突然すぎて気持ち悪るがられる気もして諦めた。

 

 

その日の晩、大鍋さんとヤマトヤシキで外飲みし、別府鉄道のことを話すと、大鍋さんは私と同年代だけど別府鉄道のあたりに実家があって、子供の頃に野口駅に使用済みの切符を拾いに行ったりしてたらく、なんかそれ聞いて大鍋さん結構都会の子やってんなぁ、って思ったっていう話。あと野口駅の手前にあった藤原製作所前っていう駅は、TLV前のことらしく、藤原製作所のことをイキってTLVっていうてるのに違和感あるおっさん世代いうのも存在するらしい。

 

話変わるんですがビニールバッジ買うてください。紙芝居見たあと練り飴買わなあかんシステムと一緒ですのでよろしくお願いします。→  バッジ