ブログ日誌85

 

友達にAmazonプライムで観れる笑イザップいう番組が面白いでと教えてもらったので、こつこつ空いた時間に見ている。

 

 

吉本新喜劇の小籔千豊が先生になって芸歴の浅い若手の人にエピソードトークの仕方とかを厳しく教えていく番組で、生徒には癖のあるタイプの人が選ばれてるのだけど、小籔千豊がその生徒に怒りながらキツく指導してるのを聞いてると、なんだか自分に説教してもらってるような気になり、まあお笑いに限らず、何事もちゃんとしたいんやったら、ほんま普通にちゃんとせなあかんよなと当たり前のことを思いました。ライブでよくコードを間違えるんであれば10分でもいいから毎日ギターを弾く、曲が出来ひんくても新しいアルバム作りたいんやったら毎日1行でも歌詞を考えるとかメモしておくとか、家族と仲良くしたいんやったらシカトされ気味でもしぶとく自分から関わりに行くとか、何かしら不満に思うことをツイッターやブログでブツクサ言うてても何も変わらないな〜みたいなことって定期的に思うんですが、なんかついズルズルと逃げる方向で考えがちで、ツイッターだらだら眺めながら眠たなったら寝るみたいな生活が最近続いてますわ。眠り浅くて5時間くらいしか寝れないんですが。

 

 

笑イザップに登場する生徒の中でDADAおじさんていう51歳のおっちゃんが居て、39歳までニートし、その後小説家を目指すものの頓挫し、50歳を前にしてNSCに入ったみたいな経歴の持ち主なのだが、実家は福岡で裕福な酒屋を営んでおり、親に買ってもらった東京のマンションに住みながら仕事もせずに実家の仕送りで生活しているらしい。親に生きる力を奪われてしまったタイプだと思うけど、どこかの段階で自分でそれに気付いて自立しなくちゃいけなくて、でも世の中にはずるずる行ってしまう人もいる。私なんかも表向きは所帯持って仕事あってしてるけど、10年前とかに何気に家の頭金出してもらったり、軽四を買ってもらったり、その以前にはサラ金にした借金を返してもらったりもしてて、それについての情けない気持ちは一生なくならない気がする。親は親で自分の息子には世間並みの一戸建てに住んでもらっときたい、車も普通のに乗っといてほしい、神戸製鋼に勤めてほしいみたいな体裁を守りたくて援助を持ち掛けてる部分もあるだろうし、私は私で親にそうゆうことしてもらってるのが情けないと思いつつも、世間体にはええ格好したいから親のエゴみたいなんも気軽に受けてしまうみたいなんがあった。こんなことをブログでぶつくさ言うとかんと、親のエゴはエゴで断ち切って、親に返せるもんを返していくことが自分が出来る自立の方法なんかなと、DADAおじさん見てて思いました。自分の人生を生きられない、もしかしたら生きさしてもらえんかったんかもやけど、でもそれも自分で決めれることやから、幸か不幸かの分かれ目はそこらへんかなと思います。

 

 

なんか憂鬱なことばっかり考えがちだけど、赤い花を見て「赤いなー」って思えるからOK。元気ない時って赤い花見てはハァ〜ってため息をつき、アスファルトの上で車のタイヤに押しつぶされたサワガニの死骸見てはハァ〜ってなるから、それに比べたら今は相当調子ええと思います。ていうか、そうゆうことブログで説明したいがためにわざわざ人ん家の庭先のバラを撮るってのは、なんか頭おかしい気もします。

 

 

思春期になってきて息子らも殆ど私と喋らなくなったけど、たまに2分くらい喋ることもあって、先日はどうゆう話の流れなのかは忘れてしまったけど「愛って何やろな」と息子に聞いたら、「そらあれやん、自分が何か遣るときの基みたいな、」ってすぐ答えてて、おそらくはエネルギーとか基礎とかそうゆうことを言うてるんやろなと思ったけど、なんかちゃんとしてるなぁと思った。私は最近までだけど、愛って猫を撫でたり、可愛い女の子を見て興奮したりすることだと思っていた。まあそれも含まれるのかもだけど、この世と自分を繋げてる糊みたいなもんが愛なんかなと最近思います。

 

糊がカピカピになって繋ぎ止める力が弱まると死にたくなり、なのでこれ迄は何処かしらから糊を強奪したり借りパチしたりして遣り繰りしてたけど、浜辺に落ちてる流木で糊作るキットを自作し、自分で糊を生産できるようになればいつでも自分はこの世にびっちゃりくっ付いて剥がれる心配がなく、力みまくって手すりにしがみ付く必要もなくなって、するとその分のカロリーや時間をまた糊を生産する方に回せば糊は余るほど手に入り、新しくドイツから糊を大量に作る機械を導入、問屋制家内工業から工場制手工業に移行、一旦生産ラインが動き出せば糊は週平均5トン生産可能、しかしこんなに糊たくさん作っても自分だけじゃ食べきれないし、余らして腐っちゃうのも勿体ないから、じゃあ恵まれない人に少しあげましょか、となればそれは正にライオンズクラブ、モーターボート協会、全国糊生産協議会加古川支部代表堤雅彦様からご祝辞並びに糊30トンのご寄付をいただいております、となり加古川市民会館の駐車場に私のブロンズ像が建つわけです。

 

 

休みの日。カリキ監督とビデオ撮影しました。カレー屋に行ったり、テントコーヒーでアイスコーヒー飲んだり、ミナエンタウンの便所に行ったり、神鉄のスーパー行ったり、半径200メートルくらいの範囲で撮りたいもん大体撮れるいうんが新開地のすごさやな思いました。加古川やったら無理やし、名谷とかでも絶対無理。ぶらぶらしながら5時間くらいビデオ撮って、続きは後日。撮影する目的があれば、普段行き慣れた場所でもブラブラし甲斐出てくる。

 

 

撮影のあと、加古川戻って岩崎商店の様子を見に行く。当たり前だけど5月末まで休みで、11日までだったら今日呑める筈だった。次の休みは用事で京都に行くから、マジ帰りに大津あたり経由して呑みに行ったろかな。