ブログ日誌84

 

仕事場で今上映してる映画の中で将来精神科医になる学生の男の子が、成績が上がらず医大の受験を諦めようとする友達に、やれない理由をあれこれ並べるのは理由がないのと同じことやと言うシーンがあり、見てる私もそやなぁ、、、とは納得するものの、例えば新しい曲を作りたいけど出来ない、家族と楽しくやりたいけど出来ないなど、自分に置き換えて考えるとやっぱり出来ない理由がいろいろとあって、でも出来ない理由って出来なくなってから現われたのか、それとも理由が現れて出来なくなったのか、同時進行なのか、そこはまあどっちでもええのか、それすら分からず、でも曲は時間かけて取り組めば出来るかもしれなくて、そう思うと家庭内における自分のことも一緒なんかなぁ、と思って一瞬だけ気持ちが軽くなったり、いやいや、そんな簡単にいくわけがない、大体わし一人だけの問題じゃないし、頑張ろうとすればするほど泥沼にはまっていくような、、、とかまた理由を持ち出して、自分で自分の気持ちをグラグラと揺らしてるだけ、実際頑張って上手くいかない場合もあることを覚悟しながら、どの道を行くか瞬間瞬間に選びながら進むしかなく、今この瞬間もグラグラすることを選んでグラグラしてるだけのこと、だから何事に於いても後悔って全くの無駄で、でも人間て機械みたいに合理的に出来てないから、今ここで自分が何を言いたいのかがさっぱり分からない状態も自分が選んだ自分、分からないことをブログに書いてるこの状態も分からないが全て自分で自分、もう何もかもが自分過ぎて、やっぱ全部無理、不可能。

 

 

今朝も定例的に40分の散歩に出かける。今日は途中で村の中を流れるドブ川の行方が気になり、ドブ川に沿って歩いてたらいつもの散歩コースと全然外れてしまった。一昨日の晩、寝る前に河原へ散歩に来たら堤防沿いに車が沢山止まってて、中で若いカップルがデートしてたり、そうか、今はファミレスもマクドも開いてないから車の中で喋ったりするしかないんやなと思った。ほんでもなんか駐車場から溢れて堤防まで車がハミ出して来るとか、初詣みたいな人出やなと思ってたら、夜だったから気付かなかったけど、駐車場へ降りる道が通行止めになってた。

 

 

貼り紙の意味が全く理解できない。駐車場は河原でウォーキングやジョギングをしたり、犬の散歩したり、またはちょっとバトミントン的なことをする人もいたり、まあ個人個人で健康促進してる人が車で川原まで訪れた場合のために用意されてるもので、駐車場を閉鎖することの何がどうコロナ感染の防止になるのか、そもそも三密っていうのも実際どうヤバいのかあやふやな定義であるのに関わらず、外やで、外、風がヒュンヒュン流れて、小鳥がピーチクパーチさえずって、クマバチがブンブンとホバリングして、草いきれがモワンモワンしてる河原、大地、ただの地球ですよ、ここは、そこに人を立ち入らせない、もしくは利用しにくくするなど言語道断というか、スターリンでもここまでせんぞ、一体何様やねんの極み、お前はアホか、そういえばホットブラザーズの横山アキラさんアンソニンホプキンスと似てるなとか、全然関係ないねんけど何なんこれ?川はみんなのもんやぞ、岡田康裕のもんやないぞ、と怒りがこみ上げてくるのだけど、この怒り、細かく分析してみると岡田康裕に対してのもんじゃないんですよね、実は。もともとは私の人生が何となくうまく行ってないことへの憤りであって、たまたま目の前にマッカーサーの藁人形が突っ立ってたからバットでどつき回したわけで、もし私が今、曲がバンバン作れて家族とも楽しくわいわいやれて、仕事場でも信頼され同僚の人たちから慕われ、何の問題もなく生きられてる状態なら、もしくはイケてないと思ってる今のこの状態のままであっても自分自身がそれを普通に受け入れて心に葛藤がなければ、こんなしょーもないことにいちいち腹が立ったりしないのだろうなと思うと、なるべくならばそうゆう余裕のある状態になりたい。それは状況が変わることじゃなくて、受け取り方が変わることなんやと思うねんけど、状況を変えるよりも結構難しかったりする、それが問題なのです、だから市長をツイッターでどついた方が楽なんですわ、ネトウヨやイケズの左翼がやってるのは間違いなく、そゆことですわ。

 

 

駐車場が使えなくて結局はみんな堤防に車を止め、ジョギングしたり犬の散歩したりしてました。マスクしながらマラソンしてる人もたまに見かけるけど、なんか笑ろてまう。私のマナーの意識が低いにしても、河原でマスクする理屈ってあるんですかね。ほんまわからん。まあ人がしたくてしてることをいちいち気にする理屈もないんでしょうけど。

 

 

仕事の行きしに見つけたビンテージのイームズチェア。メルカリで30万で売ろうかな。

 

何となくツイッター見てると、最初は冗談かなと思ってたら野村麻紀さんが脳卒中で亡くなったらしい。親しいほどの間柄ではないけど、ライブで一緒になったことも何度かあって、たぶん年も近いし、酒に酔っ払ってゲラゲラする感じが高知っぽいなーと思ったり、でも酒飲みながらコロっと爽やかに死ぬ感じが流石やなと思いまいた。芸風と実際の生き方があまり変わらない人って羨ましいなと思う。京阪神のライブハウス界隈ではかなり多くのファンに親しまれてたから追悼ツイートなんかも沢山寄せられてる感じで、仮に私が加古川の河川敷でヤンキーに撲殺されたとしてもヤバい匿名アカウントに茶化されて終わりやろから、やっぱ朗らかに生きなあかんなと思いました。たぶんわしはコロっと死ねんやろな。ゴミ屋敷でゴミに埋もれて死ぬような、そんな気がする。

 

ライブのいろいろがほぼ中止になりなりました。5月30日の神戸コマヤのイベントは今のとこ完売です。→ ライブの予定