ブログ日誌82

 

この前見た夢。仕事の休憩時間に公園の側を歩いてると、年寄り数人が集まって何かやってる。しばらく立ち止まって様子を眺めてると映画を撮影してるっぽい。監督のおっさんが役者のおっさんにあれこれ演出をつけてるのだが、監督をよく見ると中3のときの担任してたI先生だった。3年前くらいにあった同窓会には来てなかったから、体を悪くしてるか、どこか遠くへ引っ越したかもなと思ってた。

 

I先生は理科の教師で、どちらかというと熱血な感じ、情に深そうなとこもあった。「今やらねばいつやる!俺がやらねば誰がやる!」と生徒の前でよく言ってたから、いわゆる責任感が強そうなタイプだったかもしれない。中2のときは担任ではなかったが、私が眉毛を剃って学校に行ったら、理科の準備室に呼び出され、鬼の様な顔で怒った後、今度は泣きながら私を抱きしめ、わしの体をグングン揺す振りながら、あかんやん!まーくん!そんなんしたらあかんやん!て耳元でオンオン嗚咽するので、私は内心ギョっとしつつも、これは俺も泣かな終わらん感じやなと思って、わしもオンオン泣いて、よしよし、まーくんわかったか、ええ子やな、もう眉毛剃ったあかんど、って感じで解放してもらったのを覚えている。なんかちょっと変わってんなと思ってたけど、ロボットみたいに感情を表に出さない先生も多かったから、I先生は人間味もあって、その頃の私の中ではええ先生の部類に入ってた。

 

 

理科の担当はI先生とは別にK先生という人もいて、K先生は私が中1の時に病気で亡くなった。それからしばらくして、I先生はK先生のことを授業中に話すようになり、次は俺が死ぬ番やとか、ジンクスみたいなんがあるとか、調子悪いんやみたいなことを度々口にしていた。最初は冗談で言ってるのかなと思ったけど、いつも泣きそうな顔で言ってたので、本気なんだなと思った。今思うと、生徒の前でそうゆうこと口にするのは大人としてマズいし、情緒の安定に欠ける人だったんだろう。

 

多分あれは高2の時だったと思うけど、野球部の練習で日岡山を走ってたとき、ジャージ姿で散歩してるI先生に偶然会った。話かけようと思い、私が「I先生!」と声をかけても反応は鈍く、かなり弱った表情で「まぁーくんか、、おれ調子悪いんや、、」みたいなことを言いながらすぐどこかへ行ってしまった。どこの調子が悪いと先生は言わなかったけど、多分精神病みたいなんかなと思った。それから10年くらい後に実家の父親が鬱病になってる時もI先生と同じ表情で、何年か前に私が精神的にグラグラしたときも、ああ、俺、今あの顔になってんねんやろな、と自分で思ったりもした。今振り返るとだけど、I先生の情緒不安な感じが表になり始めた時期もやっぱり40代中頃かなと思う。

 

 

私も40中頃になって、そうゆう気付きがありましたよ、とI先生に伝えたくて、公園の映画撮影をしばらく眺めていたが、いつの間にか先生を見失ってしまって、公園に残ってる仲間の人らに先生の連絡先を聞いたりしてるとこで目が覚めた。

 

 

十三のレインコートで予定してた光玄さんとのライブが中止になり、ほないっぺん久しぶりにカニちゃん飲もか、と光玄さんから連絡もらって仕事のあとハーバーランドでデートした。光玄さんはリュック一杯に焼酎の水割りセットやブドウやスナック菓子を持参してくれてた。光玄さんはお金持ちやのに飲み方は質素というか健康的で、逆に私は稼ぎも少ないくせに安い日本酒は飲めんとか言うてて、きっとイソップ童話のキリギリスみたいに糖尿病で足腐って歩けんなるんやろなと思う。わしが最近また散歩始めたと話すと、光玄さんは朝夕散歩に出かけてるらしくて、ストレッチの仕方とか教えてくれた。

 

 

翌日。仕事休み取ったのにライブが中止になって、やることなくなる。雨も降ってるし、自宅の部屋でジッとしてると気が滅入るので、とりあえず傘さして外に出る。けど、どこも行くとこなくて、仕方なく図書館へ行ったらツツジが燃えていた。なんとなく読んだらタメになること書いてあるかなと思って、知らん弁護士のおっさんが書いてる夫婦問題の解決本みたいなんを借りてみた。コロナのあれで図書館の中では本を読めなくて、駅前のドトールコーヒーへ行って読んだ。タイトルに惹かれて借りたけど、やっぱ男が書いてるこの手の本はハズレが多く、後半に差し掛かるとこらへんで「プラス思考でいこう」みたいな項目があり、その文章の中に「マイナス思考を抹殺して」と書かれてたので、なんか読む気がなくなった。とりあえずページを最後までパラパラっとめくって目を通してたら、手書きのメモが挟まってた。

 

 

散漫な気分の時は本読んでも内容が頭に入ってこなくて、誰かと酒飲んで喋りたいなと思い、夜は大鍋氏とコンビニ呑みした。同じような生活サイクルの同年代の人と話してると、なんかモヤモヤした気持ちや腑に落ちない出来事も笑いに変わるときがあり、ピートタウンゼントが言うTalkin' 'bout my generationて、こうゆうことなんかな。

 

 

仕事帰り。酒の置き場所に困る。エスカレーターの柵のとこをアーチ状にし、酒が置けないようにイケズされてる。けどこの部分を平らにしてなんでも置けるようにすると、みんながハイボールやらワンカップやらを並べて、するとなんかの拍子に手が滑って柵の向こうにワンカップを落とすみたいなこともありうる。だからアーチ状にするのが正解。

 

 

翌日。仕事終わって加古川駅に着くと、藤野くんが駅前で弾き語りをしてた。遣ろうと思ったことを実践するのは良いことである。

 

 

なんかキャンバスみたいなんを周りに並べてるので、これなんなん?と聞くと、観客の代わりにキャンバスを立ててるとのこと。やることが中々芸術家っぽいやないか、君。

 

 

ではこのキャンバスに皇室アルバムをお描きあそばせば加古川駅前で天覧路上ライブができるっちゅうわけやな。わしも今度やってみよ。

 

最近路上ライブなんかしてる人居らんし、まっすぐ家に帰るのも寂しかったんで、かんのこハイボール飲みながら遠目に藤野くんを観察する。ファルセットボイスの練習みたいなんをしてる。

 

 

しばらくすると警察がやってきた。どうする藤野くん。

 

 

ちょっと心配やけど、酔っ払いのわしが行ったりすると余計にややこしい感じになるかなと思って、近寄らずに様子を伺う。しばらくすると警察の人らの笑い声が聞こえて、何やら和気あいあいと喋ってる。そうゆう世渡り的なこともうまく出来るのか、君は。藤野くんのそうゆうの見ながら結局私はかんのこハイボールを2本飲んだ。

 

 

翌日。大阪で弾き語りしてる小西くんがツイッターに明石行ってみたい的な書き込みをしてたので、仕事休みやし、外に出かけたいのもあって小西くん誘って明石に行った。

 

 

一応呑べえの前も通っとく。ほとんどのお店が感染対策に協力というよりは、とりあえず役所の言うこと聞いとかないと補助金がもらえないいう理由で休んでるんだと思うのだが、だんだんと私らの自由を営む権利みたいなんを役所が金でコントロールできるみたいな感じになって来てる気がする。ベーシックインカムのこととかよく知らないけど、役所からお金もらえるってええなぁ思う反面、言うこと聞かな貰われへんいう流れにもしなるんなら、それはそれでヤバい気もする。

 

 

めちゃめちゃ風がきつくて、あまり海に近づこうとしない小西くん。でもなんか赤い灯台は気に入ってる様子。

 

 

以前はタコフェリーがあったとこらへんに3万7千円のアパートがあったので、どんな外観か見に行く。ちょうどこのあたりは風が当たらなかったので、小西くんがお土産に買ってきてくれたミスドの惣菜パイを食いながら四方山話する。

 

 

明石焼きも食うておく。確認の意味も込めてビール飲めますか?と店員さんに聞くとダメですとのこと。お店はビールで客単価上がらん分の補償もちゃんと役所から貰えるんやろか。小西くんは「一応家族にお土産買っときます」と言ってタコせんべい屋でお土産を買っていた。いろいろ若者の悩みみたいなんがあるっぽいけど、一回り以上年上の私から見ると優しい素朴な男の子やなと思います。私もちりめんじゃこと海苔の佃煮をお土産のつもりで買って帰りましたが、どう考えてもわし以外の家族が食いたがるもんじゃなかった。やっぱりわしはわしのことしか考えていない。

 

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