ブログ日誌81

 

コロナのあれで終日お酒出す店が閉まってて、お酒飲むのだけを心の拠り所にしてる人にとっては、非常に苦しい事態宣言だと思います。頑張るとこそこじゃないだろう的とこばかりにエネルギーが注がれて、ゆりやんレトリィバァちゃんやないですが、落ち着いていきや〜って役所に向かって叫びたい。感染の予防の仕方が実のところよくわからん状態なんやったら、わからん無駄な手を打たずに、とりあえず今まで通りにしとこかってすればいいのに、何か対策せ「ねばならない」って神経症なんでしょうね、社会全体が。ていう私もお酒を飲ま「ねばならない」っていう神経症なんですけどね。最後に残るのがどの神経症か、果たしてオリンピックせ「ねばならない」軍団に、我ら酒呑んで立ちションせ「ねばならない」軍団が打ち勝つことが出来るのか、戦国神経症大戦、今年下半期の修羅場がいよいよ始まります。

 

 

最近たまに角打ちでええ日本酒飲むので、仕事帰りに紙コップ酒とか買うて飲むと、なんか変な甘さや匂いがして結構不味いなと思うようになってまいました。でも飲むけど。不味い日本酒も冷蔵庫で冷たくすれば、まあまあイケる感じになるのも最近学びました。

 

 

平日朝7時半のぱふぱふ堂。高級食パン朝から食べたいおばさんが開店前の店のドアを力いっぱい引っ張っていた。お店は10時からで、誰よりも早く食パンを食べたかったのか、それとも今日がパートで初日のおばさんが従業員用の入口がどこか分からずに取り敢えず正面突破を試みてるのか、こうゆうお店は大赤字出して早く潰れてもらわなければ市民として困ります。

 

 

一方、絶対に潰れてもらっては困る加古川の国宝岩崎酒店。仕事帰りに寄って生ビール注文しカウンターで飲んでると、左となりのおっちゃんと右どなりのおっちゃんが私を卓球台のネットみたいに挟んで会話しだし、まあ私としては全然続けてもろてて構わんかったんですが、近くで飲んでたおばちゃんが「あんたら、真ん中のニイちゃん可哀想やんか」言うて私はカウンターの端の方へ移動することに。生ビールの続きをやりながら、おっちゃんらの話を笑って聞いてたら、さっき右どなりに居たおっちゃんが生ビールを追加で1杯奢ってくれた。最近いろんな角打ちに行って思うことなんですが、笑ってたら人も話しかけてくれるし、運が良ければ酒を奢ってもらえる場合もあり、笑う門には福来るってマジかもなと、この年になってやっと実感する出来事に出会えました。でも酒飲んでるから笑えるのであって、酒飲んでなければ一切笑顔になる気も起こらず、仮に笑顔に努めてみても浮かべられるのは桂歌丸の卑屈な笑いで、安定した人間の土台を築けなかった私みたいな沼地野郎は、酒で地固する他ないのであります。

 

 

生ビール代が1杯浮いたから、日本酒飲もかなと思って香住鶴を注文すると「ええのん呑むか」と言って新発売のええのんをコップに入れてもろた。岩崎酒店の番付的に私は序ノ口クラスやのに従業員のねえさんに「ええのん」てお酒を勧めてもらえたのが嬉しく、隣にいたおっちゃんも「ええのん呑んでるな」って話かけてくれて、私も「ええのんはやっぱ美味いっすわ」言うて楽しく飲めて、帰りに隣にいた同年代の常連さんとも「いかり豆うまいですよね」ってニコニコ笑顔、やっぱ角打ちって知らん人しか居らんから、めっちゃ自由な気分になるわ。週末、渋谷や新宿のディスコの人混みに紛れに行く若者の気持ちってこんなんやろか。希薄で乾いたカワハギのスルメみたいな人間関係ってほんま心地良くて、仕事や家庭の人間関係って、ほんまに重すぎてしんどくなるな、お互いさまなんやけど。

 

 

翌日。仕事中に実家の親から電話あったので折り返す。別になんもないねんけどな、仕事どないなん、緊急事態宣言やん、もしお金困ってたらお父さんちょっとくらいヤる言うてるで、、とか言われ、これは親心なんすかねぇ、、と一瞬疑問に思い、一方では自立せえだの、いつまでそんな仕事続けてんねん的なことを言うくせに、何の前触れもなくお金やるわ的に甘やかそうともしてくるこの感じは昔からずっと変わらないんやけど、昔から変わりまへんな的返事を手短に返したら、私らはあんたに出来ることやったげよ思って言うてるねんやから、そうゆう言い方おかしいんちゃう、もうええわ、電話切るわ、みたいな流れになり、こうやって自分が傷付きそうになったら一方的に会話終わらすのも昔からやなとか、言いたいこと言うたらそれで終わりかいなと、お前が言う家族の悪口延々聞かされ役を長年務めあげた雅彦少年のこと思ったらネチネチ仕返ししたい気持ちにもなり、しかし70半ばの老婆にヤイヤイ言う中年親父てどないやねんな感じにもなり、また何かあったらこっちから言う、と電話をきる。

 

 

仕事帰り、ふと昔やってたバイトのことを思い出す。週末の金土の夜中にクラブのバーカウンターでひたすらコップを洗うバイトで、そのクラブの社長さん、なんか半分芸能人みたいな人やったけど今どうなってんのやろ?と思いネットで検索したら、10年くらい前に麻薬のオーバードースで自殺してるのが分かった。ほんで当時そのクラブでメインのDJしてた男の人が居て、私も子供ながらにアホみたいな人やな、東京にはいろんな人がいるなと思って見てたけど、社長が自殺した翌年に中学生にわいせつ行為して逮捕されていた。社長が自殺したんも、DJが逮捕されたんも43歳となってて、やっぱ40歳いうのは色々ヤバい時期やなと改めて思った。微妙におっさんから、決定的におっさんへと変化を強いられる時期で、やっぱ子供っぽさを抱えたままじゃ、なかなかその先には行きづらいんやと思う。まあ人によって置かれてる状況は違うから、死ぬまで幼児っぽさを引きずったまま行ける人もいるんだろうけど、だいたいはそのあたりで生き方見直さなあかん感じにプログラムされてるんだろうなと思う。ほとんどの人は微妙な風向きを察して、または普段から社会に揉まれながら鍛えられて、その時期を無事何事もなく通過するのかもだけど、そうじゃなく、ある人は事件起こして、ある人は体調を崩して、またある人は嫁さんに離婚届け突きつけられて、ある人は子供が非行に走って、何かしら問題が起きてからじゃないと気が付かない人もいて、まあ私なんかもその部類の人間なんやろなと思います。

 

 

仕事休みの日の夕方。電車で明石まで行って、そこから折りたたみ自転車でブラブラしました。

 

 

明石の市役所あたりから舞子の方を見た感じ。こないだ加古川から明石までの海岸線を自転車で移動してなかなか良かったので、その続きという感じで海岸沿いに神戸方面へ進みました。

 

 

ここが大蔵海岸いうんかな。緊急事態宣言の前日でしたが、天気もええし人出もまあまあ多かったです。なんか播磨町から明石までの海岸線に比べて整備にお金がかかってるなぁいう感じする。

 

 

国道の延命地蔵。側まで行きたいが車が多くて渡れない。

 

 

国道から海岸へ降りる細い路地があったので自転車置いて見に行く。サーフボードに立ってパドリングしてる人や、石か貝殻を拾ってる人がいた。

 

 

波の音聞きながら外でコーヒー沸かして飲んだり、お菓子食べたりしたら楽しいやろな。一人じゃ寂しいかもやけど、俺もそんなんしてみたい。

 

 

アーキテクチャロマンやねぇ。子供の頃、実家の親父が明石から淡路島まで泳いで渡ったことある言うてたけど、それ嘘やって気気付いたの大人になってからやし、今でもちょっとホンマかも?って思ってるとこあって、でも絶対嘘。

 

 

海沿が見える場所に住んだらノイローゼ治るかなとか勝手に想像して、ネットの不動産サイトとかで海沿いの物件探してると、塩屋駅から海側に出た狭い土地に安いアパートがあって、どんな外観か見てみようと思いとりあえず塩屋まで行く。なんつうか、電車の線路がなければ、ここも高知の辺境地と変わらんやばい景色ではある。神戸空港へ着陸する飛行機が頭の上を越していくのを見ながら丸アジみたいやなと思う。

 

 

源義経が京都から逃げてきた平氏をボコボコにした一ノ谷のナウシカ。風の谷のナウシカの元ネタは平家物語らしくて、土鬼が平氏、トルメキアが源氏、ナウシカが義経、クシャナが頼朝、巨神兵が武蔵坊弁慶らしいですわ。

 

 

明石から1時間以上自転車漕いで、そろそろ電車で引き返したいけど、どこをゴールとするべきか定まらず、とりあえず須磨のナナファームで小便する。ターザン山下さんの紹介でここの駐車場でライブした時はカニコーセンもまだ夫婦ユニットであったな。ああやって子供たちが母親とゆっくり過ごすべき休日の時間を、私が嫁さんをライブへ連れてくことで奪ってしまってたのだなと今になって思います。もう思春期迎えたしまって遅いかもですが、お母さんを君たちに返しますね。そしてお父さんは平家蟹となって大分別府まで潮に流されます。さようなら。

 

そういえば苅藻の大畠商店までもう少しの距離やから、あそこで生ビール飲むのを今回のゴールにしようと思い付く。

 

 

外浜線という道路で駒ヶ林らへんを進んでると卵焼き屋さんがあった。だし巻きが名物っぽいけど、チャリ漕ぎながらだし巻き食えんからコロッケを買う。160円と値段はまあまあ高かったけど、卵サラダみたいなを揚げた感じで旨かった。2時間近く自転車漕いだから喉も渇いて、こりゃ生ビールが旨いやろな、2杯飲んだろかな、とワクワクしながら苅藻らへんまで来るが

 

 

大畠商店は閉まっておった。ちゃんと調べてから来ればよかった。

 

 

で、こないだ行けんかった新長田の別の角打ちに行ってみる。

 

 

店内は老若男女、子供とかも居て、多分みんな近所の人。競馬の話したり楽しそう。私が飲んでた隣のおっちゃんはどれくらい飲んでるのか結構ベロベロで、喧嘩してんのかな思うキツめの口調やったけど「なんか段々おもろなってきたわ」と言って二人でタバコを吸い始め「高校のとき、こないして体育館の裏に隠れてタバコ吸うてたの」言いながら、プハーっと煙を吐いていて仲良し。

 

 

明日から2週間以上も角打ち行かれへんて、どうゆうことやねん、ほんま舐めとったアカンど、人の生活なんや思てんねん、あほ政治家どもが、とこんな10人程度しか読んでないブログに愚痴ったところで仕方がないです。諦めてコンビニ前で飲みます。

 

 

酒屋の前に出ると海辺のガスタンクが見えた。キューポラのある街もええけど、ガスタンクのある街も風情感じるね。

 

 

なんか明日からしばらく角打ち行かれへんねんやったら、今日出来るだけ行っとこう思って、すぐ近くの角打ちにも寄ってみる。

 

 

ここはキッチン的なもんがない、乾きもんと酒だけの正統派な角打ち。なんか神様のお供えもん食うてるみたいな感じで日本酒とスルメを食う。近所の工場で働いてる人なんか、それとも村の消防団的な集まりなんか、10人くらいの黒いおっちゃんらがビスケット食いもってワイワイ言いながら飲んでました。カウンターの隣のおじいちゃんは秀吉の朝鮮征伐らしい物語を一人で喋ってて、薄眼あけた店のおばちゃんがそれをウンウン聞き流してるのもええ感じ。

 

 

日本酒一杯だけ呑んで出たら、店のねえさんが表まで出てきて、他にも角打ちあんでと道順を教えてくれた。とりあえず言われた通りに行ってみるが、これ以上呑んだら家に帰れんなるわ思ったので、続きは緊急事態宣言明けにします。

 

 

新長田は街の規模に対して角打ち密度がかなり高くて、街並みボロいし、海も近いし、ちょっとこれはまた重点的に調査せなあかん感じですわ。忙し忙し。

 

話変わりまして、撮影サークルで撮ってたビデオが完成してYOUTUBEで見れますので、良かったら見てください。よろしくです。

 

 

あと、明日予定してました十三のライブはコロナのあれで一旦中止になりました。また時期みてやろう思いますので、その時はよろしくお願いします。