ブログ日誌75

 

一日中ずっとお酒を飲みたいと思いながら過ごしてるので、仕事終わってお酒を口にしたときの嬉しさが半端ない。かたせ莉乃の胸に抱かれてるような、なんとも言えない安心感につつまれる。この世で私のことを全面的に受け止めてくれるのはもうお酒しかない。来世はお酒の子供として生まれ、立身出世して立派な辛口大吟醸になりたい。だから今自分に出来ることはお酒を沢山飲んでなるべく早く死ぬことです。

 

 

来世お酒に生まれ変わるべく仕事帰りに鷹取の立ち飲み屋を探検しに行く。なぜ鷹取かというと、先日須磨の角打ち行ったときに隣のおっちゃんが須磨より鷹取のんが角打ち多いと教えてくれたからです。

 

 

鷹取駅降りてから気付いたんですが、45年生きてきて鷹取駅で電車降りるの初めてかもしれんすわ。あんま用事ないですからね、鷹取に。なのでお酒飲む用事が出来てよかったです。駅前はあんまなんも無いけど、安そうな飲み屋は何軒かありました。まず世界長を外から覗いてみましたら、お客の爺さんらがみんな折りたたみ椅子に座ってたのと、中年女性数名が切り盛りするタイプのガールズバーみたいな雰囲気が漂ってたので、スルー。

 

 

世界長の角を曲がるとええ感じの看板発見。結構名店みたいな雰囲気。

 

 

店内はまあまあ広くて、酒屋のご夫婦が二人で切り盛りしてました。日本酒の銘柄や値段も壁の札に大きく書いてくれてて、角打ち初心者の私にも優しい感じ。おでんとにごり酒を一気食いし、もう一杯なんか呑もかな思て壁のメニューを見る。貴仙寿というお酒が値段も手頃だったので頼みたいのだけど、貴仙寿の読み方がキセンジュで合ってるのかどうかが不安で、一応googleに貴仙寿と打ち込むと検索バーに「貴仙寿 読み方」って出てきて、どこか遠くの角打ちで私の知らない誰かが私と同じように今も貴仙寿の読み方を検索してるのかと思うと、世界って一つなんだなぁってしみじみし、シラスと貴仙寿を注文。毎日たいして人の役にも立ってないのに贅沢ばっかしてる。

 

 

15分ほどで酒飲む用事は済んで、他に角打ちないか探りつつ周辺をうろつく。タバコ屋の看板の下の小窓に本が何冊か並んでいて、あれって形状的にもともとは自動販売機やったんやないかと、しばらく見入ってしまう。

 

 

南に伸びる道の先に阪神高速が見える。その向こうは小さな工場とか会社がありそう。また時間ある時に折りたたみ自転車でうろついてみたい。

 

 

住宅街にロータリーみたいなのがあり、いきなり南国風の大きな木。夏になったら夜中にここへリンボーダンスしに来よ。

 

 

与えられてた役割がはっきり判る地名っていいですよね。お城の周りには鍛冶屋町とか材木町とか、あれも昔はそこに材木屋さんがあったんですよと判って素敵やな思うんです。私の実家の村の名前は里っていうんですが、左右対象なんが字面的に気持ち悪いとの、あと里って人家がある程度集まっている所っていう意味らしくて、そんなもんどこでも里やんけ!って個性がない感じもあんまり好きじゃないんです。

 

 

なんかポートピア博覧会のパビリオンみたいな建物。もしかして本当にそうなのかな?と思って正面に回ってみると、カトリックの教会でした。

 

 

就活もある意味終活やったな、って新卒で働き出して1月ほど経つと思うんでしょうね。最近5月病って言わなくなりましたね。

 

 

鷹取降りて酒飲んで歩いてを30分くらい。焦らず長いスパンで鷹取攻めて行きたい。

 

 

昨日。仕事休みで家でギターちょろちょろ弾いたりするけど、あまりにも外の天気が良くて、こりゃもう外うろうろせんと損やなと思い、折りたたみ自転車で出かける。なんか録音もせんとTシャツ売ったりしたお金で毎日酒飲んで遊んでばっかりで、飢饉とかきたら真っ先に死ぬのわしだろうな思うけど、もうせっかくやねんし自分の休みを自分で楽しくするしかないゆう気持ち。

 

 

自宅から少し南に降ると新幹線の高架があり、それ沿いの道とか結構荒んでたりする。そんな場所を中学3年くらいの男の子と女の子がマスクして手をつないでデートしてるの見かけ、最高やなって嬉しくなる。最高は生活のいろんな場所に潜んでて最高。

 

 

通りすがり「200年前の歯列矯正はこんな感じに猿ぐつわ噛ます方式やったんすよ」って門の取っ手してる双子のライオンが教えてくた。堤雅彦のレベルが1上がった。尿酸値が18上がった。ニガ笑いが出来るようになった。

 

 

犬も歩けば的に、私がチャリンコこげばオーミケンシの何かしらにぶつかる。社宅4棟60室あるうちの54は空き部屋。吊るしてる札を見る限りでは。

 

 

核家族化が進んだ現在ではニュータウンの寿命はわずか30年ばかしで、だから加古川では土地付き700万円台のプレハブ住宅と築20年以上の中古住宅が今は売れてるんだとか。ていうか自分ちもプレハブみたいなもんですけどね。子供が大きくなって家族がバラバラになればそんな大きな家も必要ないですし、やっぱタウンエースに寝泊まりするんが気楽でええように思いますわ。世間体さえ気にしなければ。世間って何かといえば、自分なんですけどね。自分にOK出せるの自分だけらしいっすわ。

 

 

中国の詩人杜甫が国破れて山河在りて詠んだんは西暦700年代でそれから1300年経ってますから、国破れてのサイクルも昔に比べりゃ随分早くなってて、その分、国破れてのスケールも小さくなってはいるけれども、その時代ごとの国破れてがあって、人それぞれ、個人個人の国破れてを詠わなあかんちゃうんかを清水国明は言うとったわけです、パンゲアクラブのとき。

 

 

にしてもあっちゅうまなんすわ、住処にしても人の寿命にしても。家庭ってなんなんすかね。なんで家庭もつんでしょうね。否定とか肯定とかやなくて。もう書いてる時点で否定やけどね。高校卒業して働きだしたら車のローン組むもんや的に結婚して所帯持つもんやとなんの疑もなく考えてましたけど、まあ確かに私はあのままあパチンコばっかしてたらどこかで犯罪犯すか自殺するかしてたやろから、良かった面の方がはるかに多いんですけどね、何事もええ面わるい面あって、それが全部素晴らしいって思えない心が辛いですわ。まあ正直ハミってもうてるんですわ、家庭内において、わし。お前が勝手に拗ねてるだけじゃと家族には言われそうですけど、わしみたいな奴が居たら、わしは優しくするけどね、真面目に仕事も行ってるし。男のくせに拗ねてみっともないけど、それがわしやしね、せめてわしだけは拗ねてるわしにOK出したげよ。ほんでやっぱいろいろ諦めてタウンエースに住めるよう貯金しよ。

 

 

なんとなく、好きな感じの平屋群。

 

 

木製の格子。水平チョツプで簡単に折れそう。

 

 

おばあちゃんしか住んでなさそうな長屋にPATORICK。

 

 

底が無さそうな沼。こうゆうとこで溺れ死ぬ自分を想像するとやっぱ死にたくないって思うし、健康でいたいし、家族大事にしようと思う。高岡早紀がハウスフルーツインゼリーを心に持ってたように、自分ももっと心に沼を持つべきかな思います。

 

 

中古車販売の輩が振り回してた鉄パイプがこんなとこに転がってるわ。