ブログ日誌29

 

隠れキリシタンがひたすら信仰を隠すように、自分の腹回りのメタボリックをダボダボTシャツで隠し続けていまいりましたがそろそろ臨界。しゃがんだり足元のもん拾おうとして腹がつかえるのはもちろん、ただ椅子に座ってるだけで腹が苦しい。たったそれだけのことで生きてるのが辛くなるのも神経症の人間にはよくあることです。腹筋に電流流すダイエット器具で腹周りをスッキリさせたところで、また別の、例えばちんぽの皮が剥けてないだとか友達がいないだとか歯周病だとかそーゆう問題で頭がモヤモヤしだすのは判ってて、それはおそらく余計なことで悩んでるフリして根本にある心の問題の解決を先延ばししてるだけで、夏休みの宿題溜まってる時に限って部屋の汚れてるとこがやたら気になるみたいな、すんなり本題に立ち向かえない、そんな感じの病気かな思います。病気は病院の先生や薬が治してくれるんじゃなく、最終的には自分で治すもんであって、とくに心の病気なんかはそうやと思います。中国も戦争で日本に勝ったときは自分で頑張った。一方、自分の20代を振り返ると、あーでもないこーでもないと転職ばかりして、まあ今となっては色んな経験できて良かった面もあるにはあるけど、職場が変わっても心の問題が解決してなけりゃ毎回同じ問題(人間関係)に行き詰まって辞めたくなるの繰り返しで、もう人生の折り返し地点曲がっちゃって数年後には50歳を迎えようとしてる今もって、日々中途半端な気持ちで仕事行って家族と接して、なんかスカーッと道が開けるような瞬間はやって来るんでしょうか。そんな起こりえない目標を掲げてるから苦しいんでしょうか。まあ自分は充分やれてると心のどこかでは思おうとしてて、けどそう自分に言い聞かせてみたところでなかなか腑に落ちないとこに問題があるんですよね。心から信頼してる誰かにOKもらわんとOKなんかどうかが自分で判らない。自信がない。甘えたいままの状態。で信頼してる人って誰なのか、そんな人が居るんか、もしくは居たんかって言ったら、あんま居なかったかもしれない。きっと色んな人、例えば嫁さんだとか友達だとかから「大丈夫やで」って幾度となく励ましてもらってたかもしれないけど、それもよく覚えて居ないいうことは誰も信頼してなかったんだろう。まず信頼って状態がどんな感じなのか判らんようにも思う。だいたい自分のことが信頼できてるのかと考えると、たぶん世の中で一番信頼してないのが自分のような気もする。正味それは植木等の無責任社員みたいなおちゃらけた笑いの話やなくて、自分の出したOKが本当のOKだと自分で思えないから、どこかしらからOKかき集めなきゃならず、ライブで人から賞賛浴びたいと躍起になったり、ブログやSNSばかりに気が向いてしまったり、けどそのOKとこのOKはぜんぜん意味が違うから、いくらOK集てみても効果がほとんど得られない。自分で自分にOK出して安心する力があれば、たぶん他に何も要らないだろう。現実の世界には自分が思うほどの不安や悪意なんか初めから存在しなくて、けどどこからもOK出ないし自分も出せないからいつまでも不安で、何かしらに身を委ねるみたいな行為がぜんぜん出来ない。毎朝目を覚ます瞬間から傷つくかもって心配し、仕事終わって酎ハイ飲むまでずっとビクビクしているのが、まさか40半ばのおっさん?だとは自分でも信じられず笑うけど、たぶん年齢関係ないと思う。情けないけど。気がついたら胸の奥に何かがつかえてて、そのせいで歯車がずっと止まったままみたいな感じで、みんなそんなもんかもしれんけど、そうじゃない人も居るんだったら自分もそうなりたい。腹筋電極ベルトの話するつもりがドバッと汚泥出しちゃいました。

 

 

前回関東に行ったのは年末やったような、そやから10か月ぶりにライブしに行くことなって、なってというか自分でそう計画して、あちら方面にお住いのカニコーセンファンの皆さまもさぞかしお喜びのことと存じ、10月2日3日の居酒屋ちどり2DAYS、両日とも10名限定いうこともあって、チケットぴあの前には徹夜組も居たりの大行列、発売開始直後に電話回線はパンクし、電電公社もてんやわんや、5秒でソールドアウトする予定で、私もわくわくが止まらなかったのですが、お知らせが行き届いてないのか、ツイッター1640人のフォロワー中1600人くらいからミュートされてるのか、予約まだ各日2〜3名づつしか頂いておりませんで、正直悲みに暮れてます。ホテルも予約しちゃったし、行きの飛行機も帰りの新幹線も予約しちゃいました。引き落としも既に済んでます。以下、今回の見積もりです。

 

支出)

行きの飛行機(神戸〜羽田)7100円

帰りの新幹線(品川〜新大阪)11200円

ホテル2泊 6200円

在来線や地下鉄代 4000円

食費その他 5000円

合計 33500円

 

収入見込)

ライブチャージバック30000円

CD売上 10000円

グッズ売上 3000円

合計 43000円

 

利益見込)9500円

 

ざっとこんな感じで計算してますが、あくまで二日ともお客さん10人づつ来てくれて、その全員が新しいCDを1枚づつ買うてくれてのマックスな皮算用ですので、ちょっとそこんとこをよろしくお願いします。

 

予約はこちらからどうぞ → こちら

 

ホテルの予約とか行き帰りの移動手段どうしようかとサイトで見てたら、やっぱコロナで旅行する人減ってるからか飛行機の割引席も残ってるし、ホテルも普通のビジネスホテルっぽいとこやけど1泊3000円に値下がりしてて、ゆっくりできる割には旅費は安く済んだ感じです。

 

 

新しいCDは一応半月ほど前からちょっとずつ家で録音してて、短い曲10個くらい入った感じになりそうです。値段はいつもの通り500円で、台湾プレスCDにするか自宅コピーのCDRにするかは今考え中です。忌野清志郎がタイマーズしたりしてた感じに、わしもそんなんやろかな思うて、カニコーセンじゃなくて「麗しの大三朗」ていう名前で作ろ思てます。大三郎の架空のプロフィールは、仕事場の便所掃除しながらとか、電車乗りながらとかたまに考えてて「CR海物語」っていうバンドを解散してソロ活動を開始、ベルリンのハンザスタジオで録音したCDが今回私が宅録してるCDです。何言うてるか分からんと思いますがよろしくお願いします。

 

 

先日加古川図書館でJ.コンラート シュテットバッハーていう心理療法家の人が書いた「こころの傷は必ず癒える―抑圧された子ども時代に向きあう療法」ていう本を借りて読みました。何でそんな本ばっかり読んでるかというとブログの冒頭に書いた通り自分でノイローゼを治したいからです。多分仕事辞めて何もかも捨てて無人島で死にもの狂いでエイとか捕まえて生活してたらノイローゼとか治るんやと思うんですが、そうゆう厳しい生活するくらいやったら私はノイローゼの方を選ぶので、死に物狂いにならない方法でノイローゼを治せたら治したい、そんな気持ちで本借りて読んでます。

 

実際は何も不幸なことが起きてない、安全に毎日暮らせてるはずやし、友達と酒飲んだり遊んだり楽しく過ごしてるのに、全部ノイローゼが持ってってしまう、楽しければ楽しいほど罪悪感が大きくなる、その罪悪感を振り払うためにもっと楽しいことしようとするんだけど、それも全部ノイローゼのエネルギーに変わってしまい、左胸に空いたブラックホールみたいな穴に楽しいことがどんどん吸い込まれていってしまって、サラ金で金借りて破産するまで、要するに死ぬまでパチコンコしてまうみたいなシステムで生きとるのですが、どこでどうなってそうゆうシステムの自分になってもたんだろうと考えると、やっぱ自分の兄姉も同じようなことがかつてあったし、もう家庭環境というか、実家にある鋳型が歪だったんだなと諦めるしかなく、けどどう歪だったんかということは振り返って把握したいし、自分の息子の息子の息子の代の世界がどうなってるのか分からないけど、ノイローゼで苦しむようなことに出来ればなってほしくない。なるべく楽しい人生を送ってほしい、て書きながら、わしの人生もなるべく楽しい人生なんかもしれんなと微かに思ったりも今するので、やっぱブログはええな。

 

本に載ってた図。悪い方。

 

記された漢字が全部怖いけど、ギャンブルやアルコール依存、転職を繰り返す、DV、モラハラ、みたいな行為全部がこのサイクルに見事に当てはまる。おそらくは逃避に罪悪感が伴ってて、それを紛らすためにまたその手段で逃避するサイクル。例えばこれをパチンコやなくて、街のゴミ拾いサークルに参加するとか、毎週日曜の礼拝に参加するに変えれば、それに対する罪悪感みたいなんはなくなると思うけど、ボランティアとかはあんましたくないし、それが逃避になるのかどうかも人による。カニコーセンの活動をサイクルに当てはめるとしたら、ブログで金取るとか人の悪口書いて人気稼ぐとは罪悪感伴って負のサイクルになるけど、インゲン豆の上手な育て方ブログとかだったら罪悪感はない。けどあんまオモロいとも思えない。ライブはというとお客さん居なかったりの悲しい出来事もたまにあるけど、罪悪感とかはないからわりかし健全と言える。けど酒が伴うからちょっと負のサイクルも覚悟しないといけない。この図を見ると覚せい剤なかなか辞めれないのも何となく分かる。

 

 

一方こちらは良いサイクルの図。まず私ではない。「安らぎ」の後に「疑い」とか「罪の意識」とかが伴って、それがセットなんは実家の親のせいだろうとやっぱ思う。楽しくなってスミマセンみたいなんて本来ない風習やと大人になって知ったけど、親に対しては普通にあった。まあ実家の親もまたそれを親から受け継いでるから仕方ないにしても、正直こんな都合よくいく人いる?て思う。しかし本当に居そうだというのは少し最近分かってきた。たぶん朝丘雪路とか先祖代々このサイクルにいると思うし、ご近所さんで子供大きなってるご夫婦で、夫婦も仲良さそうなとことか見てたら、こんな感じなんかもなと思う。お酒も飲みすぎんかったら殆どここに当てはめてもいいように思うけど、だいたい飲みすぎるような人はこのサイクルに居なくて、このサイクルに居る人はお酒飲んでも何しても、もうこのサイクルが良いの知ってるから依存症になったりしないし、悪い付き合いに頼ることもないから人間関係でドツボにハマることもないだろうし、めっちゃ羨ましい。しかし、もともと私はこーゆーサイクルの人に対しては反感があったようにも思うのだけど、たぶん自分が反感持ってるのは、こーゆーサイクルに本当は居ないのに、こーゆーサイクルに居てそうな感じを演出するのが上手い輩を見ると引きづり下ろしたくなって、そこんとこちゃんと見抜けてるかどうか正直わからんけど、朝丘雪路になんら反感が湧かないことを考えると、そんなに勘も悪くないようには自分でも思う。てか反感持つことを趣味にすると、そこにも罪悪感が伴うから、やっぱその趣味も自分の本性には向いてないのかもな。人の揚げ足うまいこと取れたら気持ち良いけどなー。