ブログ日誌14

なんか厄年的なもんに対して気持ちが囚われすぎて、身の回りの男の人に起こる40歳前後の不調みたいな話を聞くごとに、やっぱそうゆうのあるな、早くトンネル抜けたいな、みたいな気持ちになり、職場の先輩に「何か40代っていろいろありますねぇ」と溜息こぼしてたら、「40代っていうか、40代以降ずっと何かあるからな」って、日輪刃で首根っこバッサリ切られるようなアドバイス。なぜ私は50歳になれば自動的にウツから抜けれると思ってたんだろう。そっか、この先ずっとこんな感じというか、まだ今はマシなんかもな、つらいな。

 

(袋とじ 100円)

 

 

安芸から電車で高知まで戻る。真夏というほどじゃないけど、だいぶん影が濃ゆく日差しがきつい。行くあてがなくなったから、とりあえず的な感じでソープランド見に行っとく。

 

 

女の子の背景のサンセットな画像処理がZOOM飲み会風で今っぽい。男もんの大きめのカッターシャツ羽織ると可愛い行って、一体誰が発明したんだろう。

 

 

江口寿史先生風のイラストがポップアートの手法で3個横並びになってるのも今っぽいけど、長すぎる電線の処理はちゃんと業者の人に頼んでしてもらわんと、だる〜んなってもうてるん、Ah ah 上手く言えないけれど、宝物だよ。

 

 

中島らもが人生の最期に会いたがってた本庄まなみも在籍してたと云う黄金館。粉骨砕身の努力の末、はなまるマーケットの金曜レギュラーを勝ち取ったほんじょものすごい。

 

 

ピンサロのすぐそばにおしぼり屋があった。わかりやすすぎる商品とお金と人の流れ。

 

 

風俗街の突き当たりに川の古い堤防がある感じが城下町っぽい。射精したあと堤防を歩きながら流れる夜風に吹かれてみたい。

 

 

ソープ街をぶらぶらしてる間に風呂屋の営業が始まりそうな時間になったので、高知城の裏にある城下湯という銭湯に行った。日焼け痕が痛くて湯船にゆっくり浸かれなかったけど、汗は流せてさっぱりした。わりとこぢんまりした銭湯で、何もかもに年季入ってる感じのとこでした。

 

 

自転車で下校中の学生が多い時間帯、鬼龍院花子の映画にも登場する陽暉楼という大料亭がかつてあった玉水新地に行って見る。陽暉楼があったんじゃなくて、陽暉楼のモデルになった料亭があった、ていうのが正しい言い方。

 

 

高知駅から路面電車が通ってる道をまっすぐ西に進んで、旭町一丁目という駅があるあたり、脇道をみるとええ感じのスナック跡。多分このあたりから大人の遊び場的ゾーンが広がってた感じかな。

 

 

チョンの間一人で入るんやったら全然いけるけど、こうゆう飲み屋に一人で入る勇気はまだない。とりあえず加古川駅前のフィリピンパブが最近は昼間もやってるみたいだから、また一人で行ってみて鍛錬を積もう。

 

 

長屋の路地を吹き抜ける風に混じって猫の小便の匂い。蚊が多そうな場所。

 

 

古い色街やから高瀬川的にチョツトした川も流れている。ガードレールの向こうの道は幅が狭いくせに矢鱈と交通量が多くて、夕飯の支度や保育園の迎えに急ぐ車が渋滞している。しかしドブ川一本隔てた廃墟サイドの空気は何十年も止まってる感じ。

 

 

まだ早い時間なので開いてなかったけど、川沿いのこの一角の何軒かは今でも営業されてるっぽかったです。竹の子という旅館の名が、勃起して伸びるちんぽや、そのちんぽの先から勢いよく噴出する精子の匂いにかけてあること、皆さんはご存知でしたでしょうか。

 

 

川沿いに植わってる観葉植物が、通りからの目隠しになってて、なるほどな感じ。角の日高というお店の入り口には呼び込みのおばちゃんが居てて、けど呼び込みはせずにちちんぷいぷい的なテレビを眺めてのんびり過ごされてました。

 

 

しばらく眺めてると目の錯覚でモナリザの顔が浮かび上がる式の、タイルのモザイクが鮮やかだったであろう赤線ぽい建物。

 

 

入り口の傍らには郵便屋さんや配達業者の人に向けての伝言がくくられてあった。早寝早起きにフリガナ振ってくれてるの親切。

 

 

かつては映画館や芝居小屋もあったような歓楽地も、新しく建て替えられた住宅と廃屋ばかり。私が小学生の頃には加古川の駅前にも浮浪者のおっさんがウロウロしてたけど、あの人らはどこに行ってしまったんだろうなと、時間に取り残された景色を見るたび思い出す。

 

 

玉水新地を流れてた川を追いかけながら、どこかで酒でも飲もうと思い高知駅方面に戻る。サギが居てるということは、この川にも小魚的なもんが生きてるんだろうか。サギは道を走る車にも人にも驚くことなく、小魚の目を欺くため景色になりすましていた。私はまずジャクソンブラウンになりきることから歌手への道を切り開いて行きたいと、サギを見ながら思った。

 

 

昨日の朝、高知についてすぐ場所だけチェックしてた九反田の角うちに辿り着いたが、コロナ休みしてた。昨日の朝はそんな張り紙あったっけ?と思ってスマホをチェックする。

 

 

ちゃんと貼ってあった。こうゆうの見逃して無駄足踏んでまう、段取り狂ってまうとこに、私の仕事出来なさ加減が表れてる。まあ高知を自転車でぶらぶらすること自体が無駄足ともいえるから、それほど気にはせんけど、飲むとこどないしよな。

 

 

スマホで調べると近くにもう一軒角うちがあったのだが、こっちはちょっと気合い入りすぎて、一人じゃ入りにくい感じ。他にはもう角うちはないみたいやので、諦めて安めの居酒屋を探してみる。

 

 

ほんでスマホで安めの居酒屋を検索して向かってみると、またコロナで休み。なんかツイてない。

 

 

自転車でぶらぶら探してると、店構えが良さげなお店があったので、ここで呑むことにする。

 

 

カウンターだけのお店で、空いてる席に座ると、両サイドのお客さんどちらも一生懸命に鳥の足の骨に付いた肉をしゃぶってるので、おそらくこれが名物なんやなと思い、お店のおばちゃんに聞こうと思ったけど、結構忙しそうにしてるから、となりの人に聞いてみることにした。

 

 

右はスナックの同伴ぽい感じの中年カップルで、左はちょっとお金持ちっぽい若い女性。すかさず左の女性に「これはなんていう食べ物ですか」と聞くと、子供のころからの常連さんぽく、あれこれ教えてくださった。旅先で話かけた若い女の人から親切な返事が返ってきたら、そら興奮しますやんか。でもあんま調子こいて喋りかけると、店の空気が乱れますやんか。なので必要なことだけ聞いて、あとは黙って鳥の骨しゃぶってましたけど、女性が帰り際にまたいろいろ話聞かせてくれて、この人俺のこと好きなん?て勘違いし出した頃から酒の周りがどうもおかしくなり、女性が去ったあとも一人でニヤニヤしながら酒を飲み続ける。

 

 

そこそこ酔っ払って店を出たけろ、まだ帰りのバスの時間まで3時間もある。もう一軒寄ったりしてたら相当酔っ払いそうやし、翌日の仕事がしんどくなりそうやから、アイスコーヒー買って飲みながら公園で時間潰すことにした。

 

 

ベンチに寝転んでスマホいじりながら、初めてインスタライブをやってみる。酔っ払ってベラベラ喋ってるとそのうち恥かしくなって、インスタライブ、ガチャ切りしちゃった。バスまでまだ2時間ある。

 

 

結局また自転車でぶらぶら。

 

 

旅の最後で時間余らせてまう感じになんとなくイライラするのも神経症の一種でしょうかね。ぼーっとしていられない。

 

 

繁華街からちょっと外れたとこに、古い看板がええ感じのバーがあった。一人で入るん勇気いるなと思って一旦スルーしたけど、どんな店なんか気になってやっぱり戻ってきて入ってみた。

 

 

60才くらいのママさんが一人でされてるバーで、たぶん会社のちょっとエライさんとかが来る感じの店でした。ウイスキーの水割りのウイスキーも、ちょっと高めの普段飲んだことない感じのウイスキーで美味しかった。前日から高知で回った場所をママさんに話してると「四万十川より仁淀川の方が全然きれい」「土佐久礼でカツオ食わんと意味がない」と、旅の答え合わせをしてもらった。バスの時間ギリギリまで話して店を出る。「また高知来たら、いらっしゃいねぇ〜」ていう暑苦しい感じの店ではなかった。

 

行きのバスに乗るときはお咎めなしだったけど、帰りのバスの運転手さんから「本当は自転車乗せるんナシっすからね」と注意があった。次また高知に来るときはどうやって自転車持ってこようかしら。

 

 

お酒飲んでたのもあって気絶するように寝て、気がつくと三宮だった。このまま仕事に行くのだけど、またどこかで時間を潰さねばならない。

 

 

職場のわりと近くに夜中から朝10時までやってる芦原温泉という銭湯があり、とりあえずそこに行く。新開地から山の方に上がった住宅街にあるのだけど、深夜開けててどんなお客さんが来るのか、ちょっと気になる。

 

 

よく現実逃避的に一人暮らしのことを考えるのだけど、老後は湊川に住むのもええかもな。市場も朝風呂も映画館も大衆演劇も喫茶店も角うちも病院も良さげな散歩コースも、年寄り必要なものは何でも揃ってる。

 

 

朝6時から開いてる大衆食堂へ朝飯食いに行く。

 

 

朝6時代からビール飲んでるおっさんが優雅すぎる。朝飯食って腹ふくれたらまた眠たくなって、湊川公園のベンチで仮眠してから出勤。高知行ったことで、湊川がめっちゃ便利で住みやすい場所なんやなて気付く、そんな旅でした。終わり。