ブログ日誌122

 

隣の家のお母さんは子供の教育に結構熱心なんか、平日は朝の6時半くらいから何かしらの勉強を小5くらいの娘さんに教えてる声がよく聞こえてくる。ほんで土日になると朝からお母さんが娘さんに怒りながら勉強させてる声も聞こえて、なんか大丈夫なんかなとか思うねんけど、娘さんは娘さんで言い返しなり泣いて喚いてみたり、ほんでまた別の日には大声で笑い合ってたり、何かしら感情を表に出しながら暮らしてはるんかな、それはそれでええもんかもなと思たりする。人の家のことをいろいろジャッジする前に、自分の身の回りはどやねんて感じで、なんかイジケた大人しいお父さんしてるなぁと思たりします。私の感情はどこにあるんでしょうか。聞かれても困りますよね。

 

 

イジケてても仕方ないわと、プラージュで襟足を刈り上げてもらった。ほんで右耳の後ろらへんに薄っすら禿げがあるのを見つける。それにしてもホクロが多い。

 

 

ヴォーギング教室は毎週水曜日の夜で、でも水曜日の夜に仕事のことも多いので、月2回くらいしか教室に行けない。習ってるんです言いながら月2とかしか行けてないのは習ってないに等しいなと思ったりもするので、同じ先生が月曜日にやってる大阪の教室へ、仕事終わりで習いに行ってみた。社会見学的な興味もあって。

 

 

ちょっと寒なってきたし、練習用の長ズボン欲しいなと思ってアディダスとか見に行ってみたけど、どうも自分のキャラとは違う感じして、スポーツブランドとかが、なので結局ユニクロでズボン買いました。

 

 

秋ぐらいになると去年何着てたのか思い出せなくて、でも毎年同じもん着てるから思い出せないはずないねんけど、なんか着るもんに関しては小学生高学年くらいからずっと彷徨った気分のままで、服屋で服選んだりするのがあんまり楽しくない。だから無印で同じもんばっか買ってて、もう45歳やから服のことで劣等感持ったりするのも変な話やけど、なんか自分が食べたいもの、着たいもの、行きたい場所、言いたいこと、その他もろもろ自分の気持ちっていうのがぼんやりしたままやから、昼飯食う場所を決めるのに2時間くらい歩き続けたり優柔不断の発作が起きたりするんかな思たりする。買ったユニクロのズボンを履いてレッスン受けながら鏡に映るズボンばかり見て、ユニクロのズボンではなかったな、、でも代案みたいなん全く思い浮かばんのよな、、とそればっかり考えてた。そのせいもあって振り付けもまたあんまり覚えれんまま、1時間のレッスン終了。

 

 

レッスンのあと、晩飯食おかな思って梅田をウロウロするも、値段がどうとかカロリーがどうとかいろいろ思うと飯屋にも入れず、結局はスーパーでビールと豆買って、路上に一人突っ立って飲んだ。路上と言ってもベンチも寄りかかるポイントも何もない、本当に交差点の信号待ちしてるような場所にしばらく突っ立って、でもそこしか落ち着くとこがなくて、う〜ビールうまいとか言いながら放置自転車眺めながら飲んで、ふと明日の仕事のシフト何番やった?とか思いながら、ああーーああーー明日おれ、仕事あってほんまよかった、仕事なくて、用事もなくて、そんで今この信号待ちの場所で神の啓示受けたみたいに立ち止まってビール飲み始めて、これで明日仕事ない状態やったら潮に流されて真っ暗な夜の海へ流されていくような、きっとそんな恐ろしい気持ちに耐えれんなって、発狂するかどうにかなりそうやなと怖くなった。仕事に行く、帰って風呂入って寝る、家族がいる、習い事をする、行きつけの店がある、道で友達とすれ違う、暦に従う、墓参りに行く、とかそうゆういろいろがプールサイドの緩く掴まれる場所というか、何かしらに所属して、場合によっては煩わしい人間関係も、なくなれば真っ暗闇の大海原にいきなり放り出されるような気分になるんだろう、いろんなものにしがみ付いて離れられない、どうなんやろな人間関係も手放せない、それは20代の頃にあったあの不安定感みたいなのが甦るのが恐ろしいのもあって、神山町の交差点で突っ立ってビール飲まずにおれんくなり、もう1本飲まな無理ってなってスーパーに引き返す。

 

 

ある日。メンフィスジューキンていうダンスのドキュメンタリー映画を福利厚生のカードで見せてもらいました。その土地土地の音楽があるみたいに、アメリカのラップミュージックやダンスも土地ごとに色々違いがあるみたいで、メンフィスていう町がどんなんかは詳しく知らなかったのですが、日本で言うたらどこなんでしょう、群馬の高崎とかそんな感じなんかな、高崎でビジュアル系が勃興したみたいに、メンフィスのジューキンゆうダンスが世界に広まった、その中心というかスーパースターがリルバックていう若者で、映画を見てるとリルバックの家もこないだ見たムーンライトいう映画の子の家と似た貧乏ぽい母子家庭、家の外観とか間取りとかもなんとなく似てた。お母さんは化粧気のない働き者の女性で、息子がダンスしまくって1週間で履き潰すスニーカーを買うために仕事を掛け持ちしたり、まあそうゆう家族の支えとか、あと地元の寂れた感じとかも映画の中でいい感じに盛り込まれてて、ダンスよく知らん私も楽しめるドキュメンタリーでした。ボウリング場やショッピングセンターの駐車場の、デコボコのアスファルトの上をスニーカーで滑るように踊る姿は、なんとなく梶原一騎の漫画の世界に通じてて、リルバックがスーパースターになったあとも地元の子供にダンス教えたりするシーンは、矢吹ジョーがスターになってもサチとかヒョロ松とかと遊ぶ姿と似てる感じやな思いました。

 

 

ある日。幼なじみの同級生とコンビニ飲みする約束で、仕事終わりに自転車で実家らへんまで行きました。自転車乗ってる途中から小雨が降り出し、これはコンビニ飲み無理かもなと思いながらも、とりあえず行ってから考えよ的に友達のとこに向かう。途中は街灯もなくて樹海みたいに真っ暗な道もあり、雨も少しづつ強くなってだんだんテンションが下がってくる。

 

 

友達もあんまり細かいことは気にしないタイプで、雨降ってるけどまあとりあえずコンビニ行ってみたええんちゃう的に自転車でコンビニに向かう。何もない村だけど、コンビニは2軒ある。かなり遠いけど。

 

 

車の通りもほとんどないのに、コンビニの駐車場だけは車がいっぱいで、ちょうど仕事帰りにタバコ買ったりコーヒー飲んだり、そうゆう男の人が結構居てました。結局友達とは3時間くらいコンビニの前で飲んで、友達が習ってる合気道の話聞いたり面白かった。友達が教えてくれる感じでは合気道は勝ち負けとかなくて、わりかし哲学的な武道らしいです。いろいろ話を聞いてると、自律みたいなんを重んじてるような感じもあって、合気道習いながらなんか生き方学ぶみたいなとこもあるんかな思いました。

 

 

帰りは雨も止んで堤防を流れる風も気持ち良く、酒飲んで喋ったから元気も戻ってきて、すげえ爽やかでした。実家近くのコンビニは加古川駅周辺のコンビニと雰囲気や客層も違って、また次は別のコンビニに行って観察しながら飲みたいな思います。そういえば飲んでる途中に気づいたけど、駐車場の隅っこに止められた軽四は結構ゴミ屋敷っぽくなってて、乗ってるおっちゃんも一般的に見ればなんとなく病んでる感じもしたけど、おっちゃんはおっちゃんなりにコンビニの駐車場で自分の時間をただ過ごしてて、当たり前に人それぞれの時間が流れてるんやけど、ゴミ屋敷の人にとってのゴミって何なんかなと考えたりしました。私が普段すぐに「あっ」とか「死にたっ」てつぶやくキッカケになる悔いてる出来事とか、傷付いたこととか、考えようでどうにでも出来る劣等感とか、でもそうゆうゴミみたいなものも捨て方が分からんから捨てないのか、今はあんまり理由もわからんけどずっと大事に抱え込んだまま生きてるのは、おっちゃんの軽四の後部座席パンパンに詰まったゴミ袋となんか少し似てるのか、全然違うんか、やっぱりあんまりよく判らないけど、友達と酒飲みながらそんなん考えるのも面白かったりもしました。

 

 

ある日。レンタルバイトで大阪に出る。頼まれてた用事が大体済んだ後もバイトの延長いう形でお酒を飲んで、でも空きっ腹で焼酎行ってもうたのもあって久々に泥酔してしまった。バイトのあとに会う約束してた人に凄く不義理な感じで予定を振り回してしまい、ちょっとお酒の飲み方をどうかしないとな思う。仕事前に寄る私の懺悔室、テントコーヒースタンドのマスターにそのこと話すと、長時間に渡ってお酒を飲む場合に、途中で水とかお茶を必ず挟む癖を付けたらええと思いますよとアドバイスもらい、次からはそうするつもりなので、私が飲みの途中で水飲みだしても、もう帰りたいとかのサインじゃないのでそこのところご理解お願いします。ていうか人の目を気にせずに自分の考えに基づいて、酒飲んでる途中に水を飲むって簡単なことなんですけどねぇ。

 

10月後半ライブあるので見に来てください。どちらもライブ終わり呑めます。もちろん水も飲みます。よろしくです。