コブログ223

 

呑みにいった話しかないけど書く。

11月13日火曜日。早番のあと春日野道まで行ってドラムの定岡くんと呑む。11月25日に春日野道商店街でサウンドフェスタ云うのがあり、のぞみ青果で定岡くんとわたしらで一緒にライブするので、それの話し合いに行った。定岡くんが誕生日とのことで、わたしはお酒を奢ったりしなかったけど、のぞみ青果のマスターから鶏の心臓を炒めたやつをプレゼントしてもらってた。定岡くんはあまりお腹が空いてなかったみたいで、心臓のほとんどは私が食べた。途中から近所に住んでるコンちゃんと云う男の子も加わって呑む。コンちゃんはハープ(吹くやつじゃなく弾くやつ)をしてて、サウンドフェスタでも一緒に演奏することになった。ライブ当日の諸々の流れだけ決めたのだが、これを一緒に演奏する嫁さんにどんな感じで伝えたええのか、毎日忙しそうやし2週間先のことを今伝えても忘れてしまいそうな気もして、また2〜3日前になったら伝えようと思う。

のぞみ青果で呑んだあと、12月にライブさしてもらう元町のさか田さんへライブのチラシを持っていく。行ったついでに1杯くらい呑むつもりが、結局終電間際まで呑んでしまった。たまたま知り合いの方がお店にこられて、お酒を何杯か奢ってもらった感じで、ご馳走さまでした。

11月14日水曜日。仕事早番。前の晩沢山呑んだので朝から下し気味で、でも出勤前に自宅でひとしきり出せた感じもあって安心して新快速に乗る。明石駅を過ぎたころ少し便意があり、でももう自宅で出せるもん出したはずなので余裕余裕と思ってたのだが、須磨の一の谷あたりで源義経ばりの逆落とし(さかおとし)型急降下が肛門めがけてダーっと奇襲し、これは水ババだと確信したが、水ババだからといってパンツの中で漏らすわけにはいかず、腕に巻いた時計を見ると、神戸駅まであと5分。何回か押し寄せた波を堪え、神戸駅のホームから少し離れたパチンコ屋の建物にある便所に小走りする。小走り出来るということは小走り出来るくらいの余力があるということで、そうゆう油断が良くなかったのか、ブリブリっと音を立てて尻の穴から何かが滲み出る感触。何かって水ババ以外にないのだが、とにかくそのままつっ走って障害者用便所に飛ぶ込む。便所の床にカバンやらコートやらを投げ捨て、エビみたいな格好で尻を突き出し、便器に向けてハウウウウウウと水ババを噴射したのち、漏らしたっぽいパンツの股の部分を確かめる。黒いパンツに丸いシミが出来ている。生地が黒いのでシミにどれくらいのババ成分が含有されてるのか見た目では判らず、鼻を近づけて臭うと苦い臭いがする。これはもしかしたらババ成分が含まれてないタイプの臭いかな?と思ってホッと肩をなで下ろし、パンツのシミ部分の水分をトイレットペーパーで拭っておこうと考え、トイレットペーパーをシミに当てがったのち裏返して見てみると、トレペは茶色く変色し、さっきパンツの中でブリブリやってもた水ババはかなりのババ成分が含まれた水ババであることが判明し、ふうううーと溜息を漏らす。鞄にコーナンの買物袋があったので汚したパンツをグルグル巻きにし、鞄の一番奥にギュッと押し込んで、その日は夕方までノーパンで過ごした。

夕方自宅に戻り風呂場でパンツを洗う。そういう失態を心の中に留め続ける根性がないので、嫁さんや息子らに「お父ちゃん、きょうババもらした」と告げて回る。しかし嫁さんも息子らも私が起こす事件としては、水ババ漏らすくらいは何ともないようで「へー」とか「そうなんだ」とかしか反応がなく、しかし私自身もそう云うあっさりした反応を無意識のうちに期待してるふうで、もし長男とかが目を剥いて「おめぇ、最低なおやじだな!」とか予想外の反応来たら震え上がっちゃうかもしれない。ていうか「へー」とか「そうなんだ」って、ただ面倒くさがってるだけか。その日は10日ぶりくらいで自宅で晩飯を喰うて楽しかった。

11月15日木曜日。だいぶん前にキンドルでダウンロードしていた北九州連続監禁殺人事件のノンフィクションをスマホで読む。主犯で死刑囚の松永太云う人は、どんな悪事においても自分では手を下さずに相手を追い込んでやらすような鬼で、電気ショックとかで洗脳した家族をマンションに監禁してお金を巻き上げ、お金が巻き上げれなくなると家族同士で殺し合うよう仕向ける。直接「殺せ」とは命令せず「どうゆうことか判るよな?」的な指示を出し、指示を出された相手が殺すと今度は「なんてことすんだ、お前は」とか云って負い目を相手に植え付ける。そのつど松永に「どうゆうことか判るよな?」て感じに云われ、皆で「どうゆうことなんだろ?」「やっぱ殺せってことよな」「でも殺したくないよな」「けど殺さんと電気ショックされるしな」「よし殺そう」を繰り返し、最終的には長女以外の全員が殺されるのだが、この「どうゆうことか判るよな?」って、この場合の密室に限ったことじゃなく、自分らというか社会というか、いつも何かしら「どうゆうことか判るよな?」の原理に乗っ取られているように思う。大きなことでいえばアメリカからの「どうゆうことか判るよな?」で日本の経済も政治も右往左往するし、小さなことで云えば会社での毎日の行いだって同じで、学校で勉強以外に習うのは一般的「どうゆうことか判るよな」についてで、けど話を北九州監禁殺人の本に戻すと「なんで逃げないの」て読んでて思うのだが、逃げようと思わないよなていう状況もハッキリ判るし、マンションの密室であろうが、解き放たれてるっぽい村町国社会であろうが、私たちは無意識のうち何かしらに襟首掴まれてるのか掴ませてるのか、本当は有りもしない脅迫観念に取り付かれてテクテク動いて泣いたり喜んだりしてるんだなと思った。襟首掴んでる主が鬼なのか神さまなのか判らないまま手を下し、責任だけはちゃんと取らされて、当り前のことなんだけど、その当り前が鬼かもしれないってことをちゃんと考えなければならない、って格好つけて云う人もいるかもだけど、そんなん考えれる人ってやっぱお釈迦さまレベルやし、やっぱり自分には宗教がいると思う。

 

11月16日金曜日。12連勤が最後。最近ちょっと嫌なことがあるとお金を良く拾う。今日もちょっとトラブルを起こしてしまい、やってもうたわとゴミ捨て場に行くと50円玉が落ちていた。

 

あした福岡行きます。おもっくそ叫んだろ思てます。