コブログ186

梅雨明けしたらしくセミ鳴いてますけど、梅雨の最中の日記。

7月7日土曜日。死んだ兄の誕生日。仕事休み。朝になっても雨が降り続いていて、加古川市にも「警報のヤバい版みたいなん」出てます!とスマホが鳴ってたりするが、嫁さんは出勤なので仕事場まで車で送っていく。途中、加古川の堤防から川を見て「おおおーー」っと声を上げる。加古川の水が堤防を越した話なんて聞いたことがないが、ここ何年かではナンバーワンの水嵩。嫁さんを職場に送ったあと、実家の様子も見にいく。浸水とかは心配ないけど、屋根の雨漏りとかをたまにするらしいので聞くと、とくに何も問題ないみたいで、逆に父親はこのくらいの雨でバタバタするな阿呆が云う雰囲気醸しており「どこそこの川が溢れてるけど大丈夫?」「近所のあそこ水上がってもうてるみたいやけど、避難してよ」とか電話がかかってきていたが「ほっとけ」と云う感じ。戦中生まれ独特の落ち着きみたいなんもあるが、80年同じ場所に住んでたら何処が最初に水没してとか承知しているんだろう。まぁ自分が小学生の頃でも台風くるたび停電するし、クラスの何人かは床まで水上がったりして、翌日の朝礼で「きのう水上がった人、手ぇ上げてぇ」と集計とったりして、そう思うと最近は地元の所々の治水も進んだように思う。帰りし父親から「気にしてもろてすまんの」と声をかけてもらい、気にかけた褒美として食パン半斤・冷凍の鶏肉・マリー(ビスケット)をゲットしてラッキー。

「たぷたぷの川を見て興奮する」という趣味の悪りい遊びがあり、自宅に戻る前にちょっと加古川の上流から河口付近までパトロールして回る。実家近くの支流。

溢れそうやなと思うてたら、先で少し溢れていた。

隣りの村。道が水没している。住宅が立ち並んでる様な場所が水に浸かるのはだいぶ後で、まず農地付近の家が浸かる傾向にある。田んぼは低い場所にないと水が張れないからだろう。こないだやっと田植え終えたばっかしやのにみたいな田んぼもあるのだろう。ほんと気の毒だ。

野球グランドや陸上のトラックがある河川敷。バックネットが水没している。

 何ヶ所か水に浸かってる集落があり、浸かる恐れがある家の人らは脱出用にか予め堤防まで車を避難させてあった。先に見えるのが加古川の水位を調整する加古川大堰。

何個かある堰は全部閉じてると思うのだが、堰の上を川が越してしまっている。それも予め計算したテクニックなのかもしれない。とにかく堰の手前と先の両方が決壊しないように、この堰で最大限調節するしか手段がない。この水量になると何をやっても無駄なのかもしれないが。

加古川線の鉄橋。この辺りは氾濫危険水位になってる箇所。普段は流れも穏やかで、レガッタの練習場になったりもする。川幅もそんなに広くないから、結構ギリギリなんやと思う。

そこから13キロ下った加古川の河口付近。写真だと解りにくいがここまで来ると川幅も相当あって、まだ余裕がある感じにも見える。常時こんだけの量の水が流れているわけなので、なかなかそう簡単に河口付近の堤防が決壊する云う事はないと思う。加古川の治水の歴史とか知らないけれど、それこそ古事記の時代からご先祖さまが水害の度に川を曲げたり拡げたりしてきたわけだから。自宅のそばにも昔から大雨が降る度に水没するような箇所があるけど、何年か前から川の周りの道や地形を直したりてて、その甲斐あってかこの大雨でも以前程水浸しになってる感じじゃなかった。税金払ってて良かったなとたまには思いたい。

1時間ほどブラブラし自宅に戻って録音作業。昼飯を作るのが面倒だったので息子を誘って丸亀製麺に行く。うどんを喰うてると仕事中の嫁さんから電話があり、加古川の橋が渡れんなると困るから、全員退社することになったらしく、迎えに行く。帰りにスーパーで晩飯のおかずを買おうとしたが、スーパーも早じまいしていた。午後からは雨の量も減り、何の被害もなく済みました。治水の先生や土木の方々のおかげです。SNSで「堤防踏ん張ってくれ」とか「さすが加古川よく踏ん張った」とか見かけたが、大雨の中を水門の側で張り付いてる市の職員の人や水防団の人らが居るのに、土を応援してどないすんねんと思うた。